最終、第七試合
チームヴィクトリア対チームルーザー 7
第六試合。勝者はチームヴィクトリア。
だが監督であるヴィクトルは、仮面越しでもわかるほど老けて見えた。
心の底から生じた安堵に身を任せ、項垂れた体を動かす事が出来ない。
次の試合が最後とわかっていても、人選すらしたくない。
安易に考えて下手な戦士を選出すれば、例え勝てたとしても大きな損失を被るかもしれない。
彼らを相手にしたチームが皆、戦力外通告をせねばならない程の負傷を負わされた事を思えば、軽々と選出する事など出来なかった。
実際ハサンの受けた傷も深く、本人曰く、今までと同じ様に戦う事はもう不可能との事。
他のチームと比べれば、まだ傷は浅いかもしれないが、しかし――
「随分と弱っておいでだな、総大将」
「アタランテ……」
ファウストとの人類最速対決を制した彼女もまた、戦いによって大きな傷を負っていた。
今までの速度を取り戻すには、半年以上が掛かると診断を受けている。痛々しく巻かれた両脚の包帯が取れるのは、ずっと先の話だ。
「どうした。今立て込んでいるんだが」
「すまない。だが、最後の挨拶くらいはしておかねばと、思ってな」
「最後? どういう事だ」
振り返ったヴィクトルに、アタランテは名刺を投げる。
そこに綴られていた名前とチームに、ヴィクトルは腹の底が捩じられたような感覚を覚えて、その場で胃の中に入っていた物を全て吐き出したくなった。
「貴様っ、貴様っ! 何で、どうして! どうしてこのタイミングで……いつから、いつから決めていた!」
「先程な。先程、勧誘を受けて――乗った。思えば私も、歴史的に見れば敗者だ。最後には色欲に負け、神によって獣に変えられてしまったのだからな」
「だからって……よりによって……今、チームルーザーに移籍するだと!? ふざけるのも大概にしろ!」
「ふざけていない。まったくふざけていないよ、ヴィクトル。寧ろふざけていたら、私は何も言わず移籍していたよ……この戦いの後、私は向こうに移籍する。味方として見届ける最後の戦いだが、最後に、勝利を見せてくれる事を祈っているよ」
部屋を出て行くと、荒れに荒れたヴィクトルは机を蹴飛ばし、鳴っていた携帯を叩き付け、騒ぎを聞いて駆け付けて来たスタッフ目掛けて冷や水を掛けようとして、閉まったドアを水浸しにした。
『大人のする事じゃあないな、ヴィクトル』
鳴っていた携帯から、出てもいないのに声が聞こえて来る。
怒りに身を任せて暴れていたヴィクトルは一瞬止まったが、携帯を踏み付けんばかりに睨み、発信者の名前を見てまた歯を食いしばっていた。
『とりあえず、第六試合勝利おめでとう。余の采配通りになったであろう? そんな恩人相手に、豪い態度ではないか、ヴィクトル』
「……何の用だ、ソロモン」
『次の戦い、余が出てやろうと思ってな』
「玉座から一度も動かなかったおまえが……出る? 冗談だろ」
『余が冗談を言った事があったか? ハサン・サッバーハの勝利を的中してやった余が出る事に、何か文句があるのか』
「それは……」
反論など出来ようはずもない。
第六試合で誰を出すべきかわからず、泣きついた先の失態を思い出せば、反論など出来るはずもなかった。
例え我儘だろうと気紛れだろうと、魔法を収めた全知の王を、止める術はない。
「勝てるのだろうな」
『愚問だな。余の頭の中で、既に試合は終わっている。しかし余は、その経過が気になるのだ。例え同じ結末を辿ろうと、どのような経過を辿るのかは、わからないからな』
黄金の玉座から、ゆっくりと立ち上がる男の指で光る、十個の指輪。
褐色の肌。白い髪。黄金の瞳を携えた男は、長い前髪を掻き上げて絶対的自信を誇る笑みを湛える男の名は、ソロモン。
七二の悪魔を従え、神に愛され、全知を手に入れた男。
「チームルーザーに余の出場を伝えよ。敵がどう出るか、とくと拝見させて貰おうではないか」
一方。チームルーザー方面。
「出て来るかぁ、ソロモン王。チームヴィクトリアの実質的頭脳が、わざわざ出て来るたぁ、確実に勝負を決めに来たな」
「どうするの? ねぇどうするの!? せっかくリードしてたのに! シャルロットが勝手したせいで負けちゃって! 今度はこっちが追いこまれた! もおぉ!!!」
「落ち着け、
「でもぉ! でもぉ!」
「落ち着けってんだ。寧ろ幸運に思え。ハサンなんて暗殺の始祖を相手に、
「そんな言い方! あの子は確かに勝手に出たけど、あの子は南條のために――!!!」
「その結果! 奴は負けた! 俺達がする事は奴の死を悼む事じゃあねぇ。次に勝つ方法を、模索するだけだぁ……!」
南條が、泣いているように見えた。
改めて見ると涙の一粒も流してなかったけれど、一瞬そう見られる瞬間があった。
勝手に出場を決められて勝手に戦われ、勝手に負けてしまわれたけれど、戦いを見守る南條の姿に、諦めの姿勢は一切なかった。
彼女は最期の最後まで、自分を信じているのは自分だけだと思っていただろうけれど、少なくともここに一人、勝利を祈り、信じていた人がいた事を教えてあげたかった。
転生した異世界で、それだけはわかっていて欲しい。
「で、どうするの……南條……」
「ソロモンか……ファウストで悪魔対決と行きたかったが、それだと負け戦になるだけだし、そもそも、もう死んでるしなぁ……」
「そういえば、こっちの勧誘乗ってくれるってよ、アタランテ。何を交渉材料にしたのか知らないけれど、よかったじゃん」
「ケッケッケッ。転んでもただじゃあ起きねぇよ。ならアタランテ加入記念に、見せ付けてやろうじゃあねぇか。
「次は誰で行くつもりか、決まったの?」
「ケッケッケッ。相手が全知なら、こっちは未知。全てを知っちまった者と、未だ多くを知らぬ者。どっちがより強いか、決めようじゃあねぇか」
一試合およそ三〇分。そして、戦場の準備におよそ一時間。
全六試合を終えた今、合計九時間が経過。第七試合を迎えようとしている今、時刻は既に日を跨ぎ、午前四時になろうとしていた。
『皆様、大変長らくお待たせ致しました……第一試合。
時間帯なんて関係ない。
これまでの激戦を全て見ていた猛者も、合間合間で興味のある戦いだけを見ていた者達も、会場全体が一丸となって凄まじい熱気の渦を作り上げる。
剣対剣。
力対力。
速度対速度。
才能対機能。
神の子対神の子。
暗殺者対暗殺者。
これまで同じ分野で競い合って来た戦いも、これで最後。
最後に競うのは、知能。
『まずは、チームヴィクトリア! チームルーザーに引導を渡すべく、黄金の玉座より重い腰を起こした男の、登場だ!!!』
通算戦績、三戦三勝零敗。
戦績が少ないのは、彼がチームの頭脳を担っている事も然り。彼がチームの最終兵器であるからである。出場すれば完全無敗。出場しなくとも、その身に蓄えた知識でチームを勝利に導いて来た。
曰く、チームヴィクトリア最高戦力。
『神に選ばれた者。神によって全知を齎された男は、悪魔をも従える術を知る! 大天使より賜った指輪で以て七二の悪魔を従え、一国を繁栄させた叡智の王! 王にして、神の代行者! 智慧の化身! 悪魔達の支配者! チームヴィクトリア、最高戦力……ソロモン王!!!』
チームヴィクトリアの歴戦の中でも、わずか三度しかなかった彼の参戦。
そんな彼の四度目となる直接的介入に、ヴィクトリアのファンの興奮はピークを迎えていた。もはや誰も、彼の敗北など想像もしていない。
『そして、そんな神に愛されし全知の男に挑む挑戦者! 基、圧倒的敗者は、こいつだぁ!!!』
暗き帳の中から、一筋の光明が落ちて来る。
光の中から現れた男はサングラスを外し、その場に投げ捨てた。
『男は、若くして星の謎を一つ読み解いた。古典力学の創始者となり、天文学においても実績を残し、名前は一つの力を示す単位となった。しかし! しかし! しかし! 歳を取っても衰えぬ探求心! 飽くなき知識欲は、錬金術にまで及び、賢者の石の創造にまで近付けた! ソロモンが知識の化身なら、この男はまさに、知識欲の化身! 人類史における、科学分野の転換点となった男!!! ――アイザック・ニュゥゥゥトォォォン!!!』
イングランドが誇る科学者、アイザック・ニュートンの登場。
皆が言葉を失ったのは、ソロモン相手に勝ち目のない戦いに挑む男の顔が美男子であった事も、万有引力を導き出すきっかけとなったリンゴ色の双眸もそうだったが、ソロモンを前にして不敵に笑い、天を指差す彼の一挙手一投足が見せる美しさからであった。
「インドの仏陀は言った。天上天下唯我独尊。世界の全ては苦に悩んでいる。我は、その苦から人々を救うため生まれて来たのだ、と。故に、俺も言おう。天上天下唯我独尊。今この瞬間、この場所、この戦場で戦うために俺は生まれ、死に、また生まれて来たのだと」
両手を大きく広げて、ニュートンは笑う。
高笑いするでもなく、嘲笑するでもなく、あくまで不敵に、不適切に。
「さぁ、始めようか。アインシュタインは言った。先の事など考えても意味がない。どうせ、すぐに来てしまうのだから」
「……は。チームルーザーの監督も、幼稚な真似をする。余に知識で対抗しようなどと、愚行であり愚策である事を教えねばなるまいて」
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