ハサン・サッバーハvsシャルロット・コルデー 決着

 届く。届く。

 わたくしの愛は必ずや届く。

 かつてフランスにわたくしの愛が届いたように、あの人のために生み出された暗器あいは、敵の懐にきっと届く。

 ただ殺し、ただ壊す。そんな殺人鬼じみた奴に、わたくしの愛が負けるはずがないと信じている。

 他の誰でもない、自分自身が信じてる。彼が信じてくれていると、自分自身が信じてる。

 だから必ず届く。届かせてみせる。

 チームルーザーの、南條利人あの人の目指す勝利のために――!

「ハサン様!」

 ふと、声が聞こえた。

 会場全体とまでは言わないが、ところどころから聞こえるハサンコール。彼の信者が送る声援の数々。

 観客の皆は呆然と自分達の剣戟を見守るだけで、声援どころか声も出せていない中、彼らの信者達だけが、彼を応援するため声を張っている。

 喉を傷める事など厭わない。

 肺が張り裂けても構わない。

 そんな力強い応援が聞こえた時、シャルロットの心が濁り、剣を振る腕が鈍り、自身を信じるシャルロットの意思が揺らいだ。

 彼の声は、自分のところまで聞こえてこない。

 信じていた信頼が揺らぎ、信じていた光景が歪み、信じていた心に亀裂が生じ始めた時、無茶苦茶に剣を振ったせいで短剣が折れた。

 が、次の瞬間に見出した隙を見逃さず、ここしかないと長剣で突いた。

 深々と突き刺さる剣の感触に、遥か昔の暗殺を思い出したシャルロットは確信した。勝った、と。

「捕まえ……たかんなぁぁぁ……!!!」

 わずかに急所をズラしたか。

 残された力で腕を掴まれ、一歩引いてしまった瞬間に、ここまでシャルロットを支えていた信心が爆破解体されるビルのように崩壊した。

 首筋に深々と突き刺さる針にも反応出来ず、針に含まれた毒の存在に気付いた時には、もう決着はついていた。

わたくしの……負、け……です、か……?」

「おめぇにこれ以上……出せる手が、あるのなら……話は別、だが、なぁぁ……」

 毒が回る。意識が遠のく。腕を始めに、体中の力が入らなくなっていく。

 この状況で逆転の一手など、あるはずもない。

 唯一シャルロットに出来る事は、敗北を噛み締め、ただ死に逝くだけだった。

「ったく……面倒だなぁ。面倒だったなぁ、おめぇ……自分自身を信じる力、か……なるほどおめぇが強い理由が、よくわかったぜ。認めてやるよ、暗殺の天使。おめぇは、強い」

「そ……よかっ……ぁ……」

 彼女を処刑した処刑人、シャルル・アンリ・サンソンは語った。

 マリー・アントワネットほどフランスを愛した女性ひとはいない。が、シャルロット・コルデーほどフランスに恋した女性ひとはいない。

 そしてハサンは、彼女をこう評した。

 彼女ほど、自信に満ち溢れた人はいなかった、と。

 力無く倒れる彼女を抱き留め、そっとその場に寝かす。

 光を失った彼女の目を閉ざすと、腹に刺さった彼女の剣を抜いて、墓標が如く彼女の側に突き立てた。

「転生した世界で、また信じられるといいなぁ……自分って奴をなぁ……」

『転生者大戦第六試合! チームヴィクトリア対チームルーザー! 激闘を制した勝者は! ハサン・サッバーハ!!!』

 観客席から、大量の黒服らがハサンへと走って来る。

 周囲に集った彼らは跪き、その場で涙ながらに祈り、始祖の勝利を称え始めた。

 痛む腹を押さえながら、ハサンは後頭部を掻き毟り。

「みんなぁ祈れぇ。チームヴィクトリアの更なる繁栄と、シャルロット・コルデーこと、暗殺の天使の冥福をなぁ。彼女の屍を糧に、俺達は更なる繁栄を得る」

 黒服らが静謐を取り戻す。

 皆が胸に拳を当て、言われた通りに祈る。

 そのあまりにも神々しく、同時に禍々しい静寂は、観客席から声を奪った。

「眠れ……無垢なる天使」


 第六試合。勝者、チームヴィクトリア。ハサン・サッバーハ。

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