ハサン・サッバーハvsシャルロット・コルデー 4

 人間の目が追い付かない。

 ドローンの撮影技術でも、捉え切れない。

 最早、人の領域を逸脱した戦い。

 倒壊しゆく瓦礫群。鳴り響く朝焼けの鐘。衝突の度に炸裂する斬撃。

 それは最早、暗殺者同士の戦いとするにはあまりにも神々し過ぎて、眩過ぎて――まるで、天使と神の戦いのようであった。

 戦いの最中、街中に張り巡らせていた鎖を足蹴に、鋼の翼で飛空するシャルロットを追うハサン。

 だが、シャルロットも逃げている訳ではない。

 時に瓦礫に身を隠し、倒壊する建物の陰に一瞬だけ身を潜めながら、一瞬の隙を見出して取り出した暗器を繰り出していく。

 ハサンはナイフ、苦無くない、短刀と言ったリーチの短い武器で応戦し、武器の数で迫るシャルロットに手数の多さで対抗した。

 互いの暗器が、互いの殺気がぶつかり合い、交錯し、衝突する。

 一瞬でも判断を誤れば、一手でも判断を間違えれば、そこが終わりと鼓動が告げる。

 拳銃をほぼゼロ距離で向けられて、それでも捌けるハサンの力量に、シャルロットはもう驚かないし動じない。

 古代武器から近代武器まで、搭載された武器の数と手数の多さに、ハサンはもう惑わされないし迷わない。

 二人して、信じる物が見えた今、互いに引くべき時を自ら捨てて、戦う時を選んでいた。

「――“死刑執行前夜ジャン=ジャック・ハウア”!!!」

「……!!!」

 シャルロットが抜いたのは長さの異なる長剣と短剣。

 ハサンが選び取ったのは、最初に出して以降二度は出さなかった鎖鎌。

 間合いの異なる斬撃を、空を切って振り回される鎖の先に付いた鎌と分銅が捌く、捌く。

 暗殺と呼ぶには派手に過ぎる殺し合い。互いの手が一向に相手へと届かず、均衡状態が続き、続き、続き続ける。

 最早永遠に決着など付かないのではないかとさえ思われたその時、事態は動いた。

 シャルロットの剣が、鎖を叩き斬った。

 が、先程瓦礫に閉じ込められた時の痛みが腕を走って、剣を持つ手が震え出す。

 斬られた鎖の先を持って振り回し、下ろしたハサンの鎌がシャルロットの後頭部を突き刺そうとした時、シャルロットの翼が展開され、周囲にレーザービームを解き放った。

『何と激しい攻防! 最早互いに何でもあり! これまで続いてきた全ての戦いの中で、最も激しく、最も強い意地の張り合いが、続いているぅ!!!』

「……! “革命広場コンコルド”!!!」

 シャルロットが投げた鉄くずに周囲の瓦礫を引っ付き、巨大な刃を形成。

 斬首刑で使うギロチンを模していると気付いたハサンへと、真っ直ぐ落ちて来る。

「これを防ぐ術がありますか?!」

「この程度でぇっ……!」

 ハサンが、漆黒を纏う。

 自らを黒く塗りつぶし、狂気を孕んだ死神へと姿を変える。

 その姿は、まるで暗殺教団の頂点にして神祖たる、山の翁。曰く――“山の翁シャイフル・ジャバル”。

 その手に纏わりつく漆黒が、死神の大鎌を彼に与える。

「おめぇのその業……その罪を、断じて裁こう。故に……! “我が手こそ暗殺也ダウワ・ジャディーダ”!!!」

 渾身の一振り。

 空目掛けて繰り出された一閃が、ギロチンを呑む。

 上空に何か障害物があれば、空間が捩じれて、歪んで、景色がグチャグチャにかき混ぜられた現象が見えただろうが、幸いにも、空には雲一つなく、幸いにも、皆の目は未だ続くシャルロットと、ハサンの戦いへと向いていた。

「武器のとっかえひっかえはぁもう止めだぁ! 大鎌こいつを出させられたからにゃあ、こいつでぜってぇ終わらせる! 今のうちに斬られたくない箇所を言いなぁ! 首以外なら斬らずにおいてやるからなぁ!!!」

「では、あなたの首です!!!」

 シャルロットももう、武器を変える余力も余裕もないと見える。

 互いの武器は長剣と短剣。そして大鎌に限定された。

 間合いの有利さでシャルロットが優勢とも言えるが、攻撃力ではハサンの方が勝る。

 間合いに入れればシャルロットが勝つが、間合いの外に置かれ続ければハサンが勝つ。

 互いにここまで、大きなダメージや致命傷は負っていない。が、ここまでの戦いを続けて来た体力の消耗が蓄積して、今や気合で持ち堪えているような状況だ。

 故にこれは、気力の勝負――信じる力の勝負である。

「ジャン――!?」

「――!?」

 大技を繰り出す暇さえ与えない。

 一度でもまともに受ければ――いや、一撃でも入ればそれが致命傷になると、終わりに繋がるともう感覚で理解しているからだ。

 反応に任せ、反射に任せ、迫り来る凶器をただただ捌く。

 捌いて捌いて、捌き続けて、やがて段々と意識が遠のいていく中、ハサンは、全身で聞いた。

「ハサン様!」

「ハサン様!」

「ハサン様!」

 黒服らが沈黙を破って、祈りを解いて、声援を送っているではないか。

 それは禁忌。神に対してエールなど、傲岸不遜も甚だしい――が、不思議と、嫌な気分はしなかった。

「――!」

「――?!」

 一歩踏み込んで繰り出した一閃が、シャルロットの短剣を砕く。

 が、次に迫り来る長剣を避けるだけの猶予はない。

 ならばどうするかなど、最早、誰にもわかり切った事。

 ハサンはそれこそ、赤子を抱き抱えるかのように、腹に深々と入る剣を受け入れた。

 観客席から悲鳴が聞こえる。嗚咽が聞こえる。涙が聞こえる。誰だか知らないが、もうこれで終わったと思っている奴らがいる中で、それでもハサンは、一筋の光明を求めた。

「捕まえ……たかんなぁぁぁ……!!!」

『き、きき、鬼気迫るハサン! 何と自ら貫かれる事を承知の上で、剣を掴むシャルロットの腕を掴み、捕まえたぁ!!!』

「あんの野郎!」

 南條でさえ、騙されたと思った。

 先ほどまで逆上し、頭に血が上って、こちらの無茶苦茶に付き合ってくれていると思えば、実際は超が付く程の冷静ぶり。

 斬撃の応酬に応じたのも、シャルロット含め、観客含めた全員に鎌で決めると思わせるための盛大なブラフ。

 いつからこのシナリオを想定していたのか。だって今までの戦いの何処にも、そんな伏線は張られてなかった。

「自分を信じて……信じ切り、貫いて……それで天使にまでなった女、か……俺ぁ、嫌だが……仕方ねぇ。認めてやる……! まったく、大した女だ……なぁぁ……」

 震えるシャルロット。

 反応したが、もう遅い。

 腕を振りほどく暇もなく、シャルロットの白い首筋に、ダーツの矢ほどの小さな針が、突き刺さった。

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