ハサン・サッバーハvsシャルロット・コルデー 2

 シャルロット・コルデー。

 彼女の人生における記述は多くはない。

 彼女の生涯を記した書物も少なく、彼女自身、自分を語り聞かせるような質ではなかった。

 フランス革命に幕を閉じたマリー・アントワネット斬首の処刑をも行ない、当時彼女の処刑をも行なった処刑人、シャルル・アンリ・サンソンは、当時より受けた印象をこう語る。

「マリー・アントワネットほどフランスを愛した女性ひとはいない。が、シャルロット・コルデーほどフランスに女性ひとも、またいない」

 貧乏貴族の下に生まれ、一三歳で母と死別。

 後に修道院へと入った彼女の一二年――計二五年の歳月が、彼女に何を齎したのかは、誰にもわからない。

 人との交流を断ち、物静かで何を考えているかわからなかった。そんな青春時代を生きた人達が犯罪者予備軍などと言われてしまう様に、彼女もまた、周囲との関りを断ち、物静かな青春時代を謳歌した結果なのか、彼女は人ではなく、フランスという祖国に恋をした。

 同時、恋人を犯す病巣にも気付いた。

 身分も領主も関係なしに、人々が人民としての権利を主張出来る国家。

 そのために、強硬な手段を取り、国王処刑を目論む病原菌かれらのやり方は、シャルロットの怒りを駆り立てた。

 そうして、彼女は一つの答えに辿り着く。

「そっか……わたくしが奴らを殺せば、フランス様は救われるのですね?!」

 政治に不平不満を漏らす市民がいた。

 あいつがいなくなればいいと、大口を叩く者がいた。

 俺に任せればいいなどと、虚勢を張る者もいた。

 しかし誰も、行動に移そうとしなかった。だから皆が、彼女の奇行――いや、騎行に驚いた。

 単身で標的の下へ乗り込み、暗殺をやり遂げた。

 そのまま捕まって処刑されたが、終わりなどどうでもいい。彼女が実際に行動に移し、それを本当にやり遂げた事が、歴史に刻まれたのだ。

 故に斬られた首を取り、その頬を引っ叩いたサンソンの弟子は罵倒され、処刑したサンソンも彼を破門にした。

 彼女の行為はとても褒められた者ではないけれど、自分の意思に実直に従い、素直に忠実に動いた彼女の行動力だけは、人間として、彼女が周囲より特別秀でた才能と言えた。

「信じる者は救われる……でも、信じるだけでは、神頼みと一緒です。それは残念ながら、他力本願の上を行く愚行……なら、どうするか。

 シャルロットの会得した異能。

 それは信じる力。いわゆる、自己暗示。

 自分には出来る。自分なら出来る。自分にしか出来ないと強く自分に言い聞かせ、人の限界を強制的に引き出す。曰く――自己革命。

 そして、そんな彼女に神は武器を用意した。

 自分自身が持っている。仕込んでいる。隠し持っていると自己暗示する事で、他人にまでそれがあると信じ込ませ、現実へと引っ張って来る事で成し得た完全武装。曰く――丸暗器。

 丸暗器の武器創造能力に限界はない。

 シャルロットの自己暗示が解けない限り、本当に、種も仕掛けもないところから、あり得ざる規格の武器が飛び出してくる。

 今もまた、彼女はドレスの裾から傘を取り出し、自分を隠すように広げると、傘の柄が抜けて、現れた黒い刀身がハサンへと襲い掛かった。

 ハサンの蹴りに折られると、折られた刀身を投げ捨てて隙を作り、袖から出て来れるはずのないサイズのマシンガンが出て来る。

「おめぇ、奇術師の類か?」

「奇術などではありません。お忘れですか? わたくしの異名を。そう、わたくしは、暗殺の天使ロンジェ・デ・アサシナット!!!」

 銃弾も想像通り、弾切れなんて起こさない。

 だがハサンの袖から出て来たナイフに両断され、使い物にならなくなったそれを、シャルロットもずっと握ってる訳にもいかず、捨てさせられた。

 すかさず次の武器を出す。

「ってぇおいおい……さすがにデカ過ぎるだろうがぁっ!」

 死神を表す絵にでも描かれていそうな巨大な鎌が、ハサンの頭上を通過する。

 そのまま回転して繰り出された二撃目を跳んで躱したハサンは、相手が長物を出して来たのを見て窓を割り、建物の一室に入り込んだ。

 長物を振り回すには狭すぎる個室。

 先の様に拳銃で攻め立てようにも、外には足場に出来るような場所もない。

 両手には射出準備完了済の大量のナイフ。窓から跳び込んで来たところを、串刺しにしてやる――つもりだった。

 が、ハサンを予期せぬ震動と衝撃が襲う。

 建物に籠ったハサンを見たコルデーは、あろう事か自らを軸に回転。丸鋸まるのこのようになった状態で建物の柱へと衝突し、そのまま抉り切っていた。

 ――“天使の輪舞曲ル・ロンド・デ・ロンジェ”!!!

 高速回転する鎌が、柱の一つを切断した。

 バランスを失った建物が傾き、崩れそうになっていく。

「無茶苦茶するよなぁ……!」

 崩れる建物に鎌を突き立て、柄に乗って跳び上がる。

 胸と胸の間に入った手が取った槍が投擲されて、重ねたナイフに弾かれたが、窓際に掛かったつま先だけで部屋に侵入したシャルロットの太ももから取り出された短刀と、ハサンのナイフがぶつかった。

 ハサンは部屋中を駆け回り、跳び回り、様々な角度からナイフを投擲するが、短刀を捨てたシャルロットは背中からヌンチャクを取り出し、全てのナイフを叩き落す。

 振り回されるヌンチャクの先を掴み取り、シャルロットへと肉薄したハサンは袖口からナイフを取り出し、シャルロットの首を狙って、寸前でヌンチャクの鎖に絡め捕られた。

 力尽くではどうにも出来ず、跳び退いたハサンは壁際へと追い詰められる。

「次から次へと……厄介だなぁ。面倒くせぇなぁ。今までの奴らと違って、戦いにじゃなく、殺しに慣れてやがる」

 今まで幾人もの相手を殺して来たハサンは、これ以上なくやり辛いと感じて、首筋を掻く。

 戦士や英雄という人間は戦う術こそ極めていても、殺す術は極めていない。

 どれだけより効率良く、どれだけ確実に、どれだけ的確に相手を殺せるかを目的として修業してきたハサンには、今までの敵は倒すだけなら難しかったが、殺してもいいルールだったから、やりやすかった。

 だが今回の相手は違う。

 相手もまた殺し屋。それも強力な武器をただ使って、一方的に殺すタイプではない。

 確実に、的確に相手を殺す手段を考え、実行に移せる人間。奇しくも、自分と同じ系統の人間を相手にするとここまでやり難いのかと、ハサンは改めて実感させられた。

 今もまた、彼女は自分を殺す術を考えているのだろう。

 いや、彼女の脳内は今、自分を殺した後の事でお花畑か。彼女の恍惚の表情と、唇がずっと愛する人だろう名前を連呼しているのを見れば、嫌でもわかる。

 両方の袖から巨大なマシンガンを取り出し、腰から大量の弾を取り出して接続したシャルロットは、双方の銃口をハサンへと向けた。

わたくしの殺人は、こうして幕引きです」

「……幕引きだ? まぁそうだよなぁ。この状況じゃあ、もうどうしようもねぇよなぁ……っ、くくくくく……」

 恍惚に対して、不敵な笑みで返す。

 皮肉かな。戦う者であれば気付けただろうが、ただ標的を殺すだけのシャルロットには気付けなかった。ハサンがまだ、諦めていないと言う事を。

「そうか。てめぇはぁ、知らねぇんだなぁ。自分自身を信じられても、他人は信じられねぇか。なら、は、猶更知らねぇだろうなぁ」

わたくしが、南條様に信じられてない、と?」

「さぁなぁ。だが、信じられてると、断言出来ねぇのは……残念だなぁ」

 シャルロットのマシンガンが火を噴いたのと、ハサンが跳び上がったのは同時だった。

 跳び回っていた間に穴を空けた天井へとハサンは潜り、シャルロットの銃弾は今までハサンの背中に隠れていた爆弾を撃ち、爆破。

 爆発によって両者は建物から吹き飛ばされ、傾いていた建物は完全に倒壊した。

 爆風に乗って宙へと抛られたハサンは、観客席の中から彼らを見つける。

 誰の邪魔にもならないよう観客席の一番後ろに整列し、全ての指の腹同士を合わせて合掌し、祈る彼らは、皆が黒服を着飾り、黒い布で顔を覆っていた。

 シャルロット・コルデーは、信じる事で力を発揮する。

 対してハサンは、信じられる事で力を発揮する人間だった。

 そう言った異能ではない。彼が、ハサン・サッバーハという人間が、そういう性質であったというだけの話であった。

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