第六試合 ハサン・サッバーハvsシャルロット・コルデー

ハサン・サッバーハvsシャルロット・コルデー

 日にちは既に変わり、時刻はもう朝と呼ぶべき時間。

 天気は快晴。気温も温かめ。そんな日は、絶好の散歩日和だ。

 お気に入りの服を着て、少し日差しが気になるから帽子を被って、自分に合った靴を履いて、いざ颯爽と玄関を飛び出し――いつも通り、その場にいた通行人目掛けて、ナイフを振った。

「あら?」

『こ、コルデー! いきなりスキップで跳び出したかと思えば、ハサン目掛けてナイフを振った! というか、今、何処から出した?!』

「おかしいですわ……今のは刺さったと思ったのに……」

 自分が何をしたのか、わかっているのかいないのか。

 持っているナイフの柄に映る自分の像が鮮明である事を訝しみ、何故、どうしてと首を傾げる姿は、子供が工作の途中で失敗してしまったかのような無邪気さをも感じさせて、それが逆に不気味に見えた。

 だが同じ暗殺者という視点から、ハサンは別の感想を抱く。

 わずかに斬られた袖口に手を入れ、中から取り出したのは血色の鎖。先には分銅。もう片方には黒い塊が付いていたが、袖から出ると変形し、鋭利な刃を搭載した鎌となった。

 一先ず、それで様子を見る。

「おまえ……これが戦いだって、わかってねぇのか? いつまで他人ひとの間合いで刃物見つめてるつもりだ!」

 分銅と鎌が空を斬る。

 鎖と共に振り回されて、風切り音を鳴らしながら唸る鎖鎌が、コルデーへと襲い掛かった。

 コルデーは当然のように颯爽と、軽々と、飄々と躱す。それはまるで、風と踊る様に。

『コルデーも、ハサンの猛攻を躱す! 細い肢体をくねらせて! 豊満な体を捩じらせて! 全ての攻撃を紙一重で躱していく!!!』

 余裕。

 寧ろ男の下心を誘うような動きをするから、単純な男達は罵声を止めた。同時、コルデーは戦いを見ていた全ての女性の敵となった。

 そうして人々を魅了する肢体を隠すドレスの中から、彼女が取り出したのはなんと特大のモーニングスター。鎖鎌の猛襲を潜り抜けた先で腰を使って振り回し、特大鉄球を叩き付けた。

 が、ハサンの体がモーニングスターの形に変形し、歪み、吹き飛んで行ったかと思えば、無傷で着地。そのまま自分から後方へ転げ、建物の中へと入って行った。

 沈黙の思考時間は、二秒。

 二秒で考え、行動に移す。

 建物から出たハサンは、全身でモーニングスターを振り回すコルデーへと肉薄。両手には、扇のように重ねて広げたナイフの束。モーニングスターとコルデーを繋げる頑強な鎖の小さな隙間を狙って投げ穿ち、鎖を建物の壁や石の床に縫い付けた。

 そして肉薄した勢いそのまま、心臓目掛けてナイフを突き出す――が、あろう事か、コルデーは自ら胸を突き出し、柔い肉塊とは思えない金属音を響かせた。

「ごめんなさい。心臓おっぱいはプレートでカバーしてあります。それに私の胸に触っていいのは……南條様だけっ!」

 彼女はそのまま、ハサンを力強く抱き締める。

 豊満な胸に顔を埋められたハサンを羨ましく思うかもしれないが、実際はそんな羨むような状況ではない。

 首と腰を押さえられたハサンは脱出不可。

 鼻と口を胸で押さえられ、呼吸なんてまともに出来ない。上から圧迫するような力によって膝が地面に突かされ、立つことさえままならない。

 これはいわば、相撲で言うところの鯖折り。技を掛けられた力士の首が、冷蔵庫の無かった時代に鮮度を保つため首を折られた鯖のような形になる事から命名されたとされる。

 互いに体格は五分。ならば技にハメてしまえば、男女の力量の差など関係ない。

 そのまま首をへし折られるか。窒息死か。

 二択を迫られるハサンは、自ら作り上げた三択目に己が命運を託す。

 袖口から伸ばした鉄棒が真っ直ぐ街灯へと伸び、電球を破壊。流れて来た電流がハサンを通じ、コルデーへと流れる。

 高圧とまではいかないが、突然体を流れて来た電流に驚いたコルデーの体は、当人の意思を無視して拘束力を失い、ハサンの離脱を許してしまった。胸に埋め込まれたプレートが、心臓へと強く電流を伝えてしまったのも要因の一つである。

 逃れたハサンは一定の距離を取り、絡まった痰を吐き捨てた。

「怖ぇなぁ……怖ぇ怖ぇ。怖ぇ女だなぁ……危うく殺されるところだったなぁ……」

 自身の体にも電流を流しながら、大して応えていないハサン。

 対してコルデーは暫く全身を震わせていたが、突如として全身から力が抜け、首を傾けて鳴らしたと同時、元の笑みを取り戻していた。

 それを見て、ハサンは首筋を掻く。

 ドローンでも影になっていて映っていなかったが、ハサンの着ている黒衣の下は、彼の爪で掻き毟ったのだろう傷にまみれていた。

「おめぇ、まともじゃあねぇなぁ……今この状況で、どうして笑える。何がおかしい。俺達は、戦ってるんだぜ? 負けたら死ぬんだぜ? それが、その状況が、楽しいって言うのか? ん?」

「楽しいか、ですか? ……この状況自体には、何も思いません。何も感じません。だって、そうでしょう? この戦いが終わった時、どんな結末であれ、わたくしの南條様が笑って下さっているのですから」

「それは……勝利宣言か?」

「どちらでもなく、どちらでもあります。けど、わたくしにはわかるのです。この戦いが終わった時、わたくしの南條様が笑っている。わたくしが死のうと殺されようと、勝とうと負けようと生き残ろうと、全てはあの方の笑顔に繋がっている……わたくしは、そう、強く信じているのです」

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