第六試合

チームヴィクトリア対チームルーザー 6

『三対二……圧倒的敗者が、絶対強者へと牙を剥いた! 遂にリードを許してしまったチームヴィクトリア! 果たしてこのまま、チームルーザーの勝利を許してしまうのか!? それとも強者の意地を見せるのか!? チームヴィクトリア対チームルーザー、第六試合! 両選手を迎えるのは……! この戦場フィールド!!!』

 中央のフィールドが左右に割れて、下から戦場がせり上がって来る。

 舞台は都市。

 競技場の大きさに合わせて作られた西洋風の街が聳え立つ。

 その光景を見たチームルーザーを応援するファンは、チームレジェンズとチームルーザーの伝説的試合を思い出す。

 ストリートファイトで負け無しだった伝説の殺人鬼、ジャック・ザ・リッパーと中国の皇帝暗殺失敗者である荊軻けいかの戦い。

 異世界の異能と自慢の愛刀を駆使した戦いで、伝説の殺人鬼を圧倒した戦いは、一つの伝説となっていた。

 故にファンは期待した。

 チームルーザーの秘密兵器にして、隠された常勝の暗殺者。歴史改竄失敗者の登場を。

 その期待に、南條なんじょう安心院あんしんいんも応えたつもりだった。が、自分達の目の前にいる存在が、その状況を否定した。

「荊軻……てめぇ、何でここにいやがる」

がなぁ……南條かみさまからのお告げだぁ、と言って出て行ったぞ」

 南條の椅子が回る。

 安心院は南條の肩を掴み、力強く揺さぶった。

「南條!!! 大丈夫?! ねぇ大丈夫?! ほんとにほんとに大丈夫?! ねぇ南條?!」

「落ち着け……俺も今、思考停止してたとこだ」

「思考停止なんてしてる場合じゃないって! その頭フルで動かしてぇ!!!」

「うるせぇ! この状況で出来る事なんて何もねぇだろ! ……あ、でもてめぇには出来ることがあったな」

「何?! 何?!」

「祈ってろ」

「南條ぉぉぉ……」

 もはや、止める術はない。

 南條もまた、安心院の隣で祈るしかなかった。

 しかし祈るだけの事はある。何せ確率が完全にゼロなら、祈りさえしない。

『さぁ、気になる第六試合! チームルーザーから解き放たれる挑戦者は……こいつだぁ!』

 吹き荒ぶ血風の中、彼女は舞う様に現れる。

 舞踏会で被る仮面を付けて、血風をパートナーに踊りながら登場する彼女の手は、真っ赤に染まっていた。

『フランス革命。それはフランス近代化のための永き政略闘争。一般市民と上流階級市民とが同じ大地に立とうとする闘争に、舞い降りた天使が一人。天使は革命終結を信じ、派閥の一つを担う男を暗殺! 結果死刑となるも、最期まで信じる事を止めなかった! 斬首さえ愛として受け入れ、愛として良しとした、純真無垢な、暗殺の天使――!』

 仮面を投げ捨てた姿が、街灯の下に晒される。

『シャルロット・コルデー!!!』

「はぁ?!」

「ふざけんな!」

「荊軻を出せ! 荊軻を!」

 観客席から沸き起こる、ブーイングの嵐。

 荊軻が出て来ると思ってこの戦いに賭けていた者も当然、純粋に荊軻の戦いを楽しみにしていた者も不満の声を上げる中、シャルロットは振り返り、満面の笑みで、笑った。

 そこに来て、観客が違和感に気付き始める。

「おい……何か、変な臭いしねぇ?」

「血? さっきの第五試合の?」

「いや、第五試合の血なんて、もう蒸発してるだろ!」

「じゃあ、どこ、から……」

 ブーイングしていた人々は、徐々に気付き始める。

 シャルロットの体の至る箇所を濡らす、血、血、血。

 何と言う事か。彼女は既に、血塗れだった。無論、自分の血ではない。

 それに気付いた者から怖気づき、彼女の笑顔の意味に気付いた者から押し黙る。

 監督室の安心院は吐き気を催し、南條はやっちまったかと頭を抱えた。

 おそらからず、ここに来るまでの間に自分が出るとあって、不安と不満をぶつけた人間がいたのだろう。それがもし、南條の事を蔑んでいると考えたら。彼女の取る行動は、一つしかない。

「すべては、南條かみ様のために」

 実況はすぐさま運営と会議。

 とても表には公表出来ない裏側の事態を知ったが、今観客を外に出さないためにも、彼女を戦場から動かさないためにも、試合の継続を決めた。

『……そ、そして! 運命の第六試合を監督ヴィクトルから預かり、このストリートファイトに挑むのは……こいつだぁ!!!』

 入場ゲートから、黒衣を纏った連中が現れる。

 戦場まで一本の道を作ると、屈強な黒服らが巨大な棺を引っ張って来た。

『暗殺者。後にアサシンと呼ばれる者達にとっての始祖にして、神祖! 全ての暗殺者が崇拝すべき、暗殺教団の創始者! 暗殺者達の、伝説! 暗殺を司る、神! 暗殺による恐怖と畏怖を世に蔓延させ、知らしめ、異端、外道の頂点へと至り、崇拝されるまでに至る!』

 棺の鎖が解き放たれる。

 男達がその場から退くと、自ら棺の蓋を蹴飛ばした漆黒の大男が立ち上がり、棺の中から一歩、また一歩と出て来た。

『曰く! 死神の代行者!!! 曰く、山の翁!!! またの名を――!!!』

 男もまた、兜を取る。

 伸びきった前髪を掻き上げ、黒衣の下の醜い顔を見せた。

『ハサン・サッバーハ!!!』

 暗殺の天使、対、暗殺の神。

 誰も望んではなかったが、何とも妙な形で切られた好カード。

「あなた様が、南條様の敵でございますか? 敵なんですね? では……殺しますっ」

「……女ぁ。口の利き方に、気を付けるんだなぁ……はぁ……ここから先。一挙手一投足全てが……おまえの死に方を、決めるからなぁぁぁ……!」

 狂人、対、狂人。

 共に血塗られた世界に生きた二人。

 その様はもう、常人では理解し切れない世界。

『チームヴィクトリア対チームルーザー!!! 第六試合! ハサン・サッバーハ、対、シャルロット・コルデー!!! ……開戦ファイッ!!!』

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