カルナvs哪吒 4

 戦場に雷霆が落ちる。

 光と音が同時に落ちて、皆が揃って目を瞑り、耳を塞いだ中で、サングラスとヘッドホンを南條なんじょうから前以て渡されていた安心院あんしんいんが、誰より早く戦況を見切り、立ち上がった。

「な、な……哪吒ぁぁぁっっっ!!!」

 落ちて来た雷霆によって斬妖剣ざんようけんは砕け散り、剣を持っていた腕は滅却。炭化した腕はボロボロと砕け落ちて、他、幾つかの得物も燃え尽きた。

「な、南條! 哪吒が! 哪吒がぁっ!!!」

「あれがインドラの槍か……ケッ! なるほど、チートじみた威力じゃあねぇか」

 まさか神によって作られた哪吒の体が、一部だけとはいえ灰燼に帰るとは。

 さすがに、不死身の加護を代償に手に入れるだけの事はあると言う事か。

 これは、かなりマズい。

 哪吒に残された得物は両脚の火車かしゃと、今の雷霆で燃えなかった火尖鎗かせんそう一本。

 対してカルナの持つ矢は、雷神に齎された雷霆いかずちの槍。更に傷もほとんど負っていない。あまりにも、分が悪過ぎる。

 だがもし、この状況から逆転したら?

 それは――

エンターテインメントだIt's entertainment……!」

 哪吒は背にしていた火尖鎗を取る。

 紫の炎と煙を燃え上がらせるが、先程の雷霆の迫力が凄すぎて、先まで感じられた迫力を感じられない。

 目の前に落ちた雷霆の光と音とが、未だ観客席を含む全員の目と心に焼き付いて、哪吒の炎を小さく、弱弱しく見せていた。

 その程度でカルナを倒せるはずがない。

 今までカルナを押し込めていた炎が、そんな小さな存在に感じられて、皆がこの後の展開を己が内側で描き、結果さえ決め付けていた。

 ただ一人を除いては。

「哪ぁぁぁ吒ぁぁぁ!!! 頑張れぇぇぇっっっ!!!」

「は……?」

 静まり返る観客席を突き破らんが如く、大きな声が響き渡る。

 間抜けな声を出してしまった哪吒がゆっくりと見上げると、そこには奴と、奴が共に旅する一行がいた。

 何度か対峙し、何度か助けた奴ら。

 何度も殺そうとし、何度も武を競った奴。

 奴が、孫悟空そんごくうが、満面の笑みで見下ろし、大きく息を吸って。

「負けるなぁぁぁ!!! 哪ぁぁぁ吒ぁぁぁ!!!」

「うっさい! よくそんな声出るな! 馬鹿猿!」

 捲簾大将けんれんたいしょう沙悟浄さごじょう

「まぁまぁ、沙悟浄さん良いじゃないですか。せっかく応援に来たんですから」

 天蓬元帥てんぽうげんすい猪八戒ちょはっかい

「然り。御仏の加護を授かりしかの者の勝利を、皆で手を合わせ、祈りましょう」

 仏教徒、玄奘げんじょう三蔵法師さんぞうほうし

「哪ぁぁぁ吒ぁぁぁ!!!」

「だからうるさいっての」

「俺はお前を信じてる! 必ず勝てよ! 俺のライバル!!!」

 斉天大聖せいてんたいせい、孫悟空が力強く親指を立てる。

 たった一人の、声量だけ馬鹿デカい応援一つ。

 負け戦に挑まねばならない戦士からしてみれば、何と酷な声援だろうか。

 焼け石に水。二階から目薬。無駄な努力。徒労。骨折り損のくたびれ儲け。

 だが、何と身に沁みる声だろうか。

 心を燃やせ。闘志を燃やせ。己が命を薪にくべて、戦士哪吒を燃え上がらせよ。紫の炎は黒に変貌し、哪吒の体、衣服までもが黒ずんで、漆黒の意匠すがたで燃え上がった。

 曰く――“半神半死帝釈天ナラクーヴァラ”。

 冷たい黒炎が熱砂を燃やす。

 燃え上がる哪吒を中心に熱砂から熱気が解き放たれて、白い湯気を上げながら冷めていく。

 炎と雷霆とを纏っていたカルナもまた、自らの体温が低下しているのを察し、反射的に炎の熱量を上げていた。

「っ、くくく……くっくっくっ、くっかっかっ! かぁっ、かっかっかっかっ呵々大笑!!! ……よぉカルナぁ。応援って、響くなぁ」

 清々しいとは言い難い。阿修羅、夜叉、仏教神らを従えた時のような、悪鬼羅刹を思わせる笑みを浮かべた哪吒は飛ぶ。

 紫から黒へと色を変えた炎を噴き出す火尖鎗の柄の先を握り締め、落下速度と遠心力をも利用した振り下ろしは、槍で受けたカルナの五臓六腑に響き渡る。

「おまえっ……まさか……!」

「さすがに気付くよなぁ。だがそれはつまり……てめぇが俺を、過小評価してたってぇだけの話だぁぁぁっ!!!」

『攻める! 攻める! 攻める! 片腕を失った哪吒! 勢いを失うどころか更に力を増して、カルナに槍を叩き付ける!』

「いや、ただ叩き付けているだけではない。あの槍の一振り、一薙ぎ全てが……我らが会得した奥義――“創造と破壊の輪廻ブラフマーストラ”! 今まで右手の突きだけで繰り出していたのは、それでしか出せないと思わせるための布石! 本当は槍越しでも、どの角度からも、奥義を叩き込めるのか!」

 珍しく声を荒げるアルジュナの様子が、事態の深刻さを物語る。

 雷神インドラの槍は強力だが、一撃必殺の威力に長けた礼装。そもそも、反撃される事を前提としていない。

 故に防御力は皆無に等しく、片腕を落としてあるとはいえ、槍と蹴りの猛襲を防ぎ切るのは無理だろう。

 加えて、奥義は打たれるだけでも中に響く。

 攻撃に転じようにも、捌き方を少し間違えただけで、タイミングを違えただけで、致命傷に至るような状況下で、反撃しろなんて無責任に言えなかった。

 だが、カルナは槍で火尖鎗を払う。

 直後に繰り出された火車による蹴りをまともに喰らい、身を焼き斬られながらも耐え忍んだカルナの拳が、哪吒の下顎を捉えて打ち上げた。

 背中から着地してゴロゴロと後転し続け、砂に頭が埋まって止まる。砂の中から抜け出した哪吒は血反吐を吐き出し、砂の熱に蒸発させた。外れた下顎を無理矢理嵌めて、また邪悪に笑う。

「かぁっ、かっかっかっかっ呵々大笑!!! そろそろそっちも、四の五の言ってられなくなって来たみてぇだなぁ!」

「そうだな……俺にも、負けられない相手がいる。転生した今、超えたい男がいる。その男とぶつかるまで……まだ、倒れる訳にはいかん。俺だって……負けるわけには……貴様如きに、負けるわけには……いかないのだ!!!」

「かぁっ、かっかっかっかっ呵々大笑!!! そうだな。あぁ、わかるよ。俺も、こいつにだけは負けたくねぇって奴がいる。父上への復讐もどうでもよくなるくらい、勝ちたいって奴がそこにいる! だから、負けねぇよ。あいつにも、てめぇにもなぁ!!!」

 今まで涼しい顔をしていたカルナが、遂に吠える。

 応じる様に吠えた哪吒の槍とカルナの槍とが衝突すると、黒炎と蒼雷が爆ぜて熱砂が巻き上げられる。

 滑る様にして爆炎の中から出て来た両者は槍をぶつけ合いながら、隙を見つけて繰り出した後ろ回し蹴りがカルナを薙ぎ払い、灼熱の斬撃が追撃のため飛んで行く。

 横薙ぎ一閃で繰り出した雷霆が全て叩き落すと、滑空して来た哪吒目掛けて刺突を繰り出しながら突進し、逆に突き飛ばした。

 火車を回し、熱砂に背を付ける事なく低空飛行する哪吒は、突っ込んで来たカルナの斬撃を弾き、火尖鎗を回転。黒い炎が真円を描き、空を切りながら燃え上がる火尖鎗で斬り掛かる。

 カルナも自らに雷霆を纏い、電光石火の速度で応じて、炎と雷の乱舞が劫火を散らす。

 炎が回る。雷が廻る。黒い火花を散らしながら、両者の斬撃がぶつかりながらまわる。共に浅い斬撃を受け入れながら、致命傷だけは避ける、躱す、受け流す。

「「ぅぅぅぉぉぉおおおあああっっっ!!!」」

 互いの咆哮が戦場に轟く。

 声の大きさに応じて互いの攻防速度は加速し続け、誰の目にも追えない速度にまで達し、解説も観客も置き去りにしていく。

 互いの血が沸騰し、内と外から焼き尽くされていく中、先に仕掛けたのは哪吒だった。

 火車を高速回転させての回し蹴りが、カルナの側頭部を狙う。

 が、咄嗟に槍を頭上へ抛ったカルナは回し蹴りを潜り抜け、プロボクサー顔負けの超速ラッシュを哪吒の体に叩き込む。

 鉄板を凹ませる威力のジャブが体に入り、ジャブによって更に速度と鋭さを増したストレートが哪吒の下顎を貫く。

 宙に抛った槍へと跳び付いたカルナは、最後の一撃を繰り出さんと槍を掴み取った腕を引き絞り、筋肉を膨らませた。

「これで最後だ! 哪吒ぁっ!」

「決めろ、カルナ!」

「哪吒ぁぁぁっっっ!!!」

 アルジュナの手すりを掴む手に力が入る。

 力の限り孫悟空が叫ぶ。

 二人を含めた多くの戦士が、この戦いの終わりを予感していた。

「“創造と破壊の輪廻ブラフマーストラ天皇大帝デーヴァ”!!!」

 天を穿ち、大気を焼き焦がす雷霆が、落ちた。

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