カルナvs哪吒 3

 カルナは少女の好奇心から生まれた。

 好奇心で呼び出された太陽神スーリヤと少女が交わる事で、カルナは生み出された。

 だが未婚のまま出産してしまった事を恐れた少女は、子供を箱に入れて川に流した。結果、子供はとある男に拾われ、ラーダーという女を義母として育てられた。

 不死身の鎧と耳飾りを身に着けて生まれた姿からカルナと名付けられた子供は、実の母親譲りで好奇心旺盛な子供だった。

 野山を駆け回り、動物らと遊び、自然を相手に続けていた遊びが自然と鍛錬となっていた。

 不死身の鎧と耳飾りのお陰で大きな怪我もせず、病気もしない。どんなに過酷な状況でも元気な少年は、自然と屈強な青年へと成長していた。

義母様かあさま! 俺、ブラフマーストラを習得したい!」

 さながら、現代の子供がライダーキックを覚えたいみたいなノリで、青年は告げた。

 義両親は噴き出し、咳き込み、事態を呑み込もうと必死に考えた。

「カルナ……ブラフマーストラというのは、神々より与えられし伝説の奥義だ。おまえが強い事は知っているが、さすがに……」

「それにねぇカルナ。ブラフマーストラは神聖な技だ。あらゆる誓いを成就させた高僧バラモンか、最も過酷な苦行を終えた戦士クシャトリヤ以外には、教えて貰えないんだよ」

 だから諦めなさい、と遠回しに言われたのだが、カルナは諦めなかった。

 自分を高僧バラモンと偽って山中に暮らす最高位の高僧バラモンに弟子入り。結果としてバレてしまったけれど、カルナの熱意を気に入った師匠は、とある条件下で教えてくれた。

「いずれおまえはこの奥義わざの使い方を忘れてしまうだろう。その結果、おまえが命を落とす事になるやもしれん。それでも良いのか?」

「はい、御師様! このカルナ、絶対に後悔致しません!」

 そうしてインドの奥義と、師匠の弓を授かったカルナだったが、元々武術を習っていた先生から、王と民衆らに武芸の上達を披露する御前試合に参加しないかと提案された。

 特に興味もなかったが、一応会場に行ってみると、現れた一人の男が、これでもかとかの御業を、奥義を披露するではないか。

 パーンダヴァ五兄弟三男、アルジュナ。

 彼は自分が嘘までついて、身分まで偽って、いずれ大きくなるだろう代償まで支払う事にしてまで、ようやく会得したのに。

 彼は恵まれた環境で、ぬくぬくとした温室で、正当なルートで、正式に会得したのだ。

 最初から無理だったのに、無理を通そうとした結果だ。後悔はない。

 だけど自分が色々と失って、義両親に恥を掻かせてまで会得した技が、彼に劣るだなんて、思いたくなかった。

 だから、文字通り、飛び入りで参加してやった。

 アルジュナの大戦相手を跳び蹴りで蹴り飛ばし、彼の前に立って堂々と。

「アルジュナだったな。おまえが披露した技の数々。全ての技を、この大観衆の前で凌いでみせよう……来い!」

 カルナは宣言通り、アルジュナの全ての技を凌ぎ、更にアルジュナの技を全て真似てみせた。

 俺とおまえは同格だ。だからおまえも全力で来い。

 そんな風に手招きするカルナと、その誘いに乗ろうとするアルジュナの間に一人の英雄が立ち塞がって。

「勝手ながら申し上げます。アルジュナ王子。王族が己より下位の者と拳を交えてはなりません。王族の義務はあくまで民を守る事。彼もまた味方であり、倒すべき敵ではないのですから」

 と、カルナはそれ以上戦う事さえさせて貰えなかった。

 たったそれだけ。

 たったそれだけの出来事で、今までカルナの中で燃えていた情熱は冷めた。

 拳を握っていた手からは力が抜け、腕はダランと下がり、ずっと前を向き続けていた顔は、深く項垂れてしまった。

 下位。下位。

 どれだけ頑張って強くなっても、自分は結局下位の存在。彼らとは、住む世界が違うのだから――と、諦めていたのに。カルナ最期の戦争の時、実の母が現れて、衝撃の事実を明かした。

 自分こそがかの五兄弟の母。つまりあなたは、かの五人の長男であり、あなた達は六人兄弟だったのだと。あなたもまた、本来奥義を習得するに相応しい王族だったのだと。

「もう、そんな事はどうでもいいのです、母上……もし味方になってしまえば、私はまた、アルジュナと覇を競えないではありませんか。王族が戦うべきは、敵の将のみ。私は彼らと戦いたいがために、御師様の誘いに乗って鎧も耳飾りも捨てました。不死身を捨てた今の私。敵の将軍たる私でようやく彼らと互角になったのです。ですからどうか……止めないで下さい、母上」

 こうしてカルナは、一人敵将の五兄弟に挑んだ。

 戦争十四日目、次男ビーマ。撃破。

 戦争十四日目、五男サハデーヴァ、撃破。

 戦争十六日目、四男ナクラ、撃破。

 戦争十七日目、長男ユディシュティラ、撃破。

 そして戦争十七日目――三男アルジュナとの激闘の末、敗北。

 真の母との約束で他の兄弟の命を奪う事さえしなかったが、兄弟らは殺されて当然だったと評価する。

 そして最後に戦ったアルジュナでさえ、もしも彼が初日の万全な状態であったなら、彼が奥義の使い方を忘却していなければ、勝敗は逆転していたかもしれないと語る。

 だからこそ、インド最強の戦士はカルナであると彼らは語る。かつて彼と殺し合った仲として、彼と戦い、彼を知った好敵手として。

「インドラの槍。インド界に名高い雷神の雷霆やりだ。おまえの得物も全て、全て、焼き尽くしてやろう」

 その背に広げた炎が翼となって、神々しく燃え上がる。

 槍を持つ腕には雷霆を纏い、周囲に放電。熱砂を巻き上げ、ゆっくりと浮かび上がった。

「異世界に転生し、俺は独自の奥義を完成させた……! 既に失われたかつての奥義を超える究極奥義。その身を以て味わわせてやる」

「くっ、くかっ! かぁっ、かっかっかっかっ呵々大笑!!! いいねぇいいねぇ燃えて来たねぇ!!! いいぜぇ受け止めてやるよぉ! 来いよカルナぁぁぁっっっ!!!」

 雷神の雷霆やりと火尖鎗が、それぞれ黒を孕んだ炎を宿す。

 火輪を回転させて炎を噴射。飛び上がる哪吒に、カルナは背中の炎を燃え上がらせて作り上げた翼を広げ、追いかける。

 そのまま深く槍を引き、雷霆と灼熱とを溜め込んで、放つ。

「“創造と破壊の一歩通行ブラフマーストラ・ヴィジャヤ”!!!」

「“綉毬しゅうきゅう転陣てんじん”!!!」

 カルナが投擲したばかりの槍の先を捕まえ、得物から伸びる糸が捕まえる。

 が、先の炎と違って、雷霆まで巻き込んだ劫炎は容易く糸を焼き斬り、辛うじて軌道を変えられた槍は哪吒のすぐ側を通過。

 折り返し戻って来た槍をバック転で躱した哪吒はそのまま蹴りを繰り出し、カルナの下顎を狙ったが、咄嗟に体を逸らして顔を見上げたカルナに躱された。

 槍を取ったカルナはその場で回転。切っ先に劫火と雷霆を集束させて、哪吒との間合いを詰め、解き放った。

「沈め……!」

 ――“儚くも美しきは華ドラウパディー・スヴァヤンヴァラ”!!!

「誰が!!!」

 ――“龍王降臨りゅうおうこうりん流転累々るてんるいるい”!!!

『繰り出される刺突の応酬! 我々の目には、何が起こっているのかまるで理解が追い付かないが、拮抗している! 拮抗しているぞ!!!』

 血が騒ぐ、血が騒ぐ。

 このような戦いはいつ以来か――いや、初めてかもしれない。戦いながら、楽しいと感じるだなんて。槍を握る手が狂いそうになるだなんて、カルナにとっては初めての事だった。

 一方こちらも血沸く、血沸く。

 斉天大聖と戦った時の様に、全身の血が沸騰するような感覚で燃え上がる。

 燃え滾る自身の体に、戦いながら科す命令はただ一つ。この戦い、そう簡単に終わらせてくれるなよ。そう簡単に、壊れてくれるなよ。ようやく奴に成り代われるかもしれない相手と、武を競えているのだから。

「「“創造と破壊の輪廻ブラフマーストラ”!!!!」」

 互いの技が激突。互いに弾き飛ばされ、熱砂に叩き付けられる。

 吹き飛ばされた両者はすぐさま立ち上がり、相手を見つけると跳躍。そして飛翔。熱砂を巻き上げながら衝突し、互いの力をぶつけ合う。

 その、単純ながら熱い展開の戦いに、観客は大いに沸いた。

 特異な異能なんて出て来ない。どストレートな真剣勝負。これほどわかりやすい戦いはなく、これほど見入りやすい戦いもそうはない。

降妖杵こうようしょ、牛魔王……! 纏えぃ、斬妖剣ざんようけん!!!」

 均衡を崩さんと、哪吒が仕掛ける。

 牛の頭部を模した覇気を纏い、火輪の炎まで帯びた剣が、一直線に猛進する。

「“魔王炎上まおうえんじょう雷焔八卦らいえんはっけ”!!!」

 対して、カルナは槍を構える。

 槍の切っ先に今まで以上の雷霆と劫火を集束させ、向かって来る哪吒に対して大きく振り下ろした。

「“雷神雷霆インドラ”!!!」

 戦場に、神の雷霆いかづちが落ちた。

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