カルナvs哪吒 2
両足に纏うのは
火力を増しながら回る火車に乗って飛んだ哪吒は電光石火の速度で戦場を駆け回り、カルナの周囲を飛び交って、隙を窺う。
が、長考なんてしないし許さない。様子見なんて長々としない。
背後を取った瞬間に肉薄。振り返ったカルナに合わせてまた背後を取り、また振り返られたら背後に回って、を繰り返し、自身を無理矢理カルナの背後に持って行った。
その背にくっ付けたのは、
攻撃力は、ほとんどない。だが――
「っとと!」
裏拳を躱した哪吒は、高々と跳躍。そして飛翔。その背で浮かぶ武具の一つが幾つにも分裂して、カルナへと襲い掛かった。
降って来る獲物の軌道をすぐさま見切り、躱す。が、得物はカルナを追って方向転換。躱しても躱してもカルナを追って、何処までも追い続ける。
何かおかしい、と感じたカルナはすぐさまトリックに気付いた。
「背中の……これか」
「こういう搦め手は苦手か?」
背中に付けられた綉毬から伸びた糸が、襲い来る得物と結び付けられている。そんな状態で逃げたところで、逃げ切れるはずもない。
だが、この糸が厄介だった。すぐさま背中から発せられる炎で燃やそうとするが、ただの糸と同様に燃えるはずもなく、回避しながらの対処を余儀なくされた。
「“
更に武装は数を増し、形を変えながらカルナへと迫る。
次第に回避し続けるのが難しくなったカルナは、武器の数々を次々と拳で打ち落としていくが、繰り出される武器の数に対し、打ち落とせる武器の数が追い付かない。
何より、追い縋る武器の群れを作り出す綉毬の焼却が、間に合わない。
ならば――先に討つ。
「おいおい、そりゃあないぜカルナ。攻略出来なきゃ強硬突破か? そんな寂しい事ぉするなよ。思わず、張り切っちまいそうじゃあねぇか!」
取り出したるは
文字通り妖の類を斬る事に特化した剣。
故に、対妖ほどの効力は発揮しないものの、半神半人であるカルナに対しては常人以上に効力を発揮し、常人以上に斬撃が入る。
「血が煮え滾るぜ! カルナ、てめぇはガッカリさせねぇでくれよなぁ!」
奇しくも哪吒の起源は、カルナと同じインドに遡る。
財宝の神の息子として語られていたが、後にその神が武神たる毘沙門天と同一視されるようになると、その三男として語られるようになった。
生まれた五日後に海に潜って水浴びをし、そのまま東の海を牛耳る龍王の領域に侵入。宮殿を破壊して龍王の怒りを買った哪吒へ八頭の龍が差し向けられたが、哪吒はこれらを殴殺し、最後には七日間の戦いの末に龍王をも殺してみせた。
更に哪吒の蛮行は留まる所を知らず、次は天界に赴いて如来の弓を取ると、魔物達の首領の一人の子供達を射殺した。激怒した彼女をも彼は射殺し、哪吒の蛮行を止められる者はとうとういなくなった。
が、唯一彼を叱れる者がいた。彼の父である神だ。
「奴を殺せば、魔物の群れが人界に蔓延る事になるのだぞ! 魔物の軍勢が、我らの命を脅かすのだぞ! 貴様わかってやったのか?!」
その言葉に憤慨した哪吒は自らの体を引き千切り、肉を母に、骨を父に渡して自決した。
しかし如来は哪吒の力にこそ魔物退治の才を見出し、彼を蘇らせた。
結果、彼は数多の魔物と戦い、服従させ、魔物達の王となった――だが、そんな男にさえ勝てない男がいた。
奴は自分の差し向ける魔物を次々と退け、哪吒をガキだ子供だと罵った。
奴と三〇もの戦いを繰り返し、互角の戦いを続けていたが、人生で初の敗北を味わい、それから二度も負け、終いには「哪吒は奴に怯えている」などと言われる始末。
別にいい。
奴は生まれて初めて出来た好敵手。
奴の目的であるお経も、元は如来のもの。自分を蘇らせてくれた如来には恩があるし、そもそも如来の弓を拝借して事を起こした責任もあったので、如来に迷惑を掛けんとそれ以上の邪魔はしたくなかった。
だが、だが、だがだがだが、それで自分が負けたままだなんて許せなかった。負けたままなんてやるせなかった。だから、ずっと彼を探したのに――結局、奴は見つからなかった。
だから別の誰かで妥協しようと思ったけれど、哪吒は強過ぎた。
魔物達の王にまで至った自分の力を、初めて呪った。次第にその怒りは父へと向き、父を殺して気を晴らそうと思ったが、父は如来より受け取った神器によって自分を従え、復讐さえさせてくれなかった。
好敵手の姿は何処にもなく、復讐もさせて貰えない。
自分の存在意義を見失った哪吒が、何をしたか。もう察しは付くだろう。
この世界にいないなら、別の世界にでもいるに違いない。小千大千世界。此の世が本当に三千世界と呼ばれるほどに分かれているのならば、何処かに奴はいるはずだ。
ならば、ならば、ならばならばならば――奴を殺すまで、自分は自分を殺し続ける。絶対に、逃がさない。
「奴に……
――“
インド神界の奥義が、再び繰り出される。
が、一度受けた技を単純に繰り出されてまともに受けるはずもない。
更に機動力を増した今、簡単に躱した哪吒は怒りに満ちた笑みを湛え、拳を引いた。
「面白いもん見せてやるよ! 歯ぁ食いしばりなぁ!」
「まさか――!?」
「あり得ん!」
「……!!!」
起源は同じインド。更に武神の子ともなれば、可能性としてはあり得たが、五兄弟含め、誰も容易く信じる事は出来ず、己が目を疑った。
カルナにも負けず劣らぬ光輝を右手に纏い、解き放った一撃は、奥義にして神の御業。
「“
カルナと同じ、神の御業――ではない。
酷似こそしているものの、似て非なるものだ。
孫悟空を探す転生の旅路の中で体得するに至った技。いつかどこぞの異世界で出会った好敵手に向けて繰り出すはずだった技だ。
故に、威力は絶大。不死身の加護を齎す黄金の鎧越しに受けたカルナが、耐え切れずに吐血する破壊力を発揮する。
その光景に、同じ技を体得し、彼と命懸けの戦いを繰り広げ、一騎討を制したカルナの好敵手アルジュナは、絶句。哪吒という存在に、強く恐怖した。
熱砂へと叩き付けられたカルナを思った体が、座ってられずに立ち上がり、手すりにしがみ付く。
血反吐を吐きながら立ち上がるカルナ。
今のままなら死にはしないが、ダメージが全く無い訳ではない。鎧だって無傷ではないし、不正性はもう失われているかもしれない。
このまま、負けるのかもしれない。
「カルナ!!!」
これまで静寂を保っていたアルジュナが叫ぶ。
立ち上がったカルナは声のした方を振り向くと、アルジュナの顔を見て驚いた様子で固まり、何と言っていいかわからずにいたが、アルジュナの言いたい事は、その何て言っていいのかわからない
「……哪吒太子」
「何だよ。俺の事知ってたのか。で? 何だい兄弟」
「いや、俺の兄弟はあの五人だけだ。そしておまえの事も今、ようやくわかった……どうやら今の俺では、おまえを倒すには不足らしい」
「なら、どうする」
カルナはゆっくりと、耳飾りに手を伸ばす。
双方の監督室が揺らいだ気がするが、それも踏まえても、これ以上の手は無いと判断する。
「許せ、ヴィクトル」
自ら、耳飾りを握り砕く。
同時に鎧が砕け、カルナの体が炎で満たされる。
カルナが炎に包まれ、燃えてゆく。やや白かったカルナの肌が黒く焼け焦げ、両手両足に青に変わった炎を纏って、天より降り注いで来た漆黒の槍を手に取った。
雷霆が熱砂を走り、光と熱とが駆け巡る。
その姿は、かつてのカルナ。不死身の加護を自ら捨て、神の劫火と雷霆を手にした姿。アルジュナとの決戦に至るまで不敗を誇った施しの英雄の真の姿。
名を――
「カルナ、おめぇ……」
「さぁ、哪吒太子。俺もこれで全力だ。所望通り、全力で燃え上がろう」
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