第五試合開始前
幕間 2
二対二。
またも同点。差を付けたと思えばまた追い付かれる。
今まで圧倒的展開をこなして来たからこそ、迫り来るプレッシャーは計り知れない。
チームレジェンズの監督が半ば引き篭もりになったのも、今ならやっと理解出来る。
自分の思い描いていた光景通りに未来が塗られない事は百も承知だったはず。わかっていたはずなのに、圧し掛かってくるプレッシャーの重さを比喩する表現が見つからない。
今にもトイレに籠りたい。そして吐き出してしまいたい。吐瀉物ではなく、我が身を犯すこの毒を。
「チームヴィクトリアの総監督様が、随分と弱気になってるじゃあねぇか。今なら、弱体化しちまったうちでも叩けるかな、なんて前なら言えただろうが……同情するぜ、ヴィクトルさんよ」
「……君は確か、チームレジェンズ監督の兄の」
「アルタイル。そう名乗らせて貰ってる」
アルタイルと名乗った男は、両手に珈琲を持っていた。
片方をヴィクトルに渡し、自分はぐい、と一気に飲み干す。
「あんたもわかっただろ。あのチームは、ダークホースなんて可愛いもんじゃない。奴は――
「あぁ……認めよう。南條利人。奴ほど勝利を手にし、かつ勝利に飢えた人間を私は知らない。ジャック・ド・モレー。
「じゃあ、どうすんだ」
「……チェスや将棋と同じだ。私はどうやら、型に嵌ってしまっていたようだ。抜けなければならないだろう。私という絶対を。私自身を、勝利に貪欲な獣に変えて」
チームルーザー陣営。
「よくやった、エルキドゥ」
監督室を出た南條が、エルキドゥを労っていた。
戦いの結果、唯一の友を殺してしまったエルキドゥだったが、その顔は何処か清々しい。
「片腕を持って行かれたけどね……出来るなら、もう少し話したかったな。フフ、最後のギルの顔、驚いてたなぁ」
(まぁ、あんな顔で口付けされればそりゃあ、な)
男性であり、女性。しかし男性でなければ女性でもない。
そんな彼、もしくは彼女の抱く気持ちに最後まで気付けなかった王の完全敗北だ。
展開としては、狙い通り勝ってくれたものの、このような結末になるとは思っていなかった。まぁ勝ってくれたので、何の文句もないが。
「エルキドゥ……!」
「シャムハト? 君、シャムハトかい? 久し振りだね」
「……ケッ! はいはい、お邪魔虫は去りますよぉだ」
監督室に戻ると、
次のメンバー選出が決まらず、真っ青な顔をしている。
現時点での結果は二対二のイーブン。次を取れれば、総合結果での勝利に王手が掛かる。重要な試合だ。
試合も中盤。ここで外せば、挽回するのは難しい。
どうしようどうしようと繰り返す安心院の背中を、南條は背後から蹴り飛ばした。カエルが轢かれて潰れたようなヤな音が、部屋に響く。
「痛いな! 何すんの南條!」
「おまえほんとプレッシャーに弱いよな。今まで一度も勝ったことのない無勝のチームなんだ。勝つことだけ考えて、その時の最強カードをバンバン出せばいいんだよ」
「じゃ、今の最強カードって、誰なのさ」
ニタァ、と笑った南條は深々と椅子に座る。
組んだ腕を枕に、机の上に足を置いて、設備される戦場をモニター越しに見つめる目は、奇妙なくらいに楽しそうに笑っていた。
「チームヴィクトリア然りチームレジェンズ然り。強いパーティほど決まった勝ちパターンが存在する。格ゲーで言うところのハメ技。一度ハメちまえば相手は何も出来ずにやられるだけって戦法だ。が、あいつらの勝ちパターンは崩した。こっからは奴らも経験した事のない戦い……エンターテインメントの始まりだぜ」
「僕らは勝ち確のパターンがないから、読まれにくいものねぇ……エルキドゥの情報を先に出して、ギルガメッシュを誘導する事に成功出来たくらいだし」
「なら次は誰が出るか……出場選手は、既に決めてある」
「え――ち、ちなみに……誰?」
チームルーザー選手、控室が一つ。
封、西、毘、尊の四文字が淵に飾られた豪奢な赤扉の先に、第五試合を戦う戦士が正座して待っていた。
第一試合開始の三時間前――つまりは七時間以上正座しても、その姿勢は決して揺らぐ事がない。
が、今。丁度南條が彼の事を話題に出した時、彼は突如として立ち上がった。
弁慶ほどの数ではないが、彼は六つの得物を背負う。
ずっと正座していた足首から炎が噴き出て、車輪の形に留まった。
「ようやっと……俺の出番か。待ったぞ、南條」
主な出典、西遊記。
斉天大聖孫悟空の永遠の好敵手にして、二度の異世界転生を経てやって来た男。
左手に哪、右手に吒の字から呼ばれる名は、
「さぁ、早く。俺に暴れさせろや」
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