ギルガメッシュvsエルキドゥ 4

 ギルガメッシュには兄弟がいたとされているが、実際にいたかどうかは定かではなかった。

 偉大なる英雄にして王たる彼の威を借りようと、名だたる王が彼の兄弟であると名乗ったが、実際のところは不明とされていた。

 彼、ギルガメッシュが異世界転生先より召喚されるまでは。

「妹がいた。奴は俺のように全ての知恵こそ与えられなかったが、エンキを守護神として祈り続けた結果、エンキより加護を授かった。その証に、奴は加護の標、神標ディンギルをその身に刻んでいた。あれ以外に、神標ディンギルを持つ者は歴史上存在しない」

 知らないはずはない。知らなかったはずはない。

 自分は全知。未来の事ならまだしも、当時において知らない事など何もなかったはずだ。

 だが今、目の前にあるそれは知らない。裸の付き合いさえした彼もしくは彼女の体に、それがあった事など知らなかった。

わかったはずだよ、ギル。僕はエンキより名前を受け取ったんだ。かの神の加護を授かっていたとしても、かの神の寵愛を受けていたとしても、何ら不思議じゃない。当時の僕も気付けなかったけど、今ならわかる。ギル、それが君の弱点だ」

「……エルキドゥ!!!」

 瞬間、エルキドゥが消えた――いや、吠える王の背後にいた。

 否。更に言い換えるのなら、王は自分の背にいる友に向かって、見当違いの方向に吠えていた。

 直後、いや、ほぼ同時に、エルキドゥの超高速移動によって生じた衝撃がギルガメッシュを巻き込み、上半身部分を中心に鎧が砕かれ、ギルガメッシュの体が空高く弾け飛んだ。

 今までまともに応えてなかったギルガメッシュが、吐血する。

「な……!」

「何が起こったのかはわかったろう? 音速を超える速度で移動した余波が、衝撃波になって君を襲ったんだ。どうやってやったかは……教えないけど」

 悪戯好きの子供のような笑顔で笑ってみせたエルキドゥに、負けじとギルガメッシュも笑ってみせる。しかし苦笑である事は否定出来ず、全身を駆け巡る痛みに意識を持って行かれないようにするので必死だった。

 何とか着地までしてみせるが、先までの余裕はない。

 そしてエルキドゥも、緩めるつもりなどなかった。

 気付けば吹き飛ばされている。気付けば殴られている。気付けば蹴られている。

 音も無く、影も形も消したエンキドゥが現れた後には、衝撃に次ぐ衝撃。人の目はおろか、神の目にさえ移さぬ衝撃波の嵐が、ギルガメッシュを攻め立てる。

 拳や蹴りを受け切っても、直後に襲い来る衝撃波がギルガメッシュの強靭な肉体を支える内部を破壊する。

 何が起こっているかなど理解出来るはずもなく、考える暇さえ与えない。

『音速! 光速を超えて! 最早、神速!!! まさに神の速さが成せる神業! 絶えず上がる水飛沫! 姿が消えるエルキドゥ! 何が起こっているのか、もう実況も解説も理解が追い付かねぇ! 誰の理解も、思考も追い付かない、理解不能とはまさにこの事かぁ?!』

 解説が追い付かないなど、職務放棄もいいところだ。

 だがB〇EA〇Hや呪〇廻戦でもあるまいし、自分から能力を開示するはずもなく、NA〇U〇Oやドラ〇ン〇ールのように側に解説役がいるわけでもない。

 皆が考える事を放棄している中、南條なんじょうは真剣な顔で時折見えるエルキドゥを見ていた。

 音速、光速さえも超えた圧倒的超高速の神速。

 それによって生じる衝撃波ソニックブームは、ギルガメッシュに反撃どころか、考える隙さえ与えないも

 黄金の鎧は砕け、戦斧はへし折れ、体はズタズタに引き裂かれていく。

 が、決してエルキドゥも無事ではない。

 マッハに達した際に生じる空気抵抗。マッハの速度を体現するに至った戦闘機さえ大破する事もある衝撃波は、本来、生身の人間が耐えられるものではない。 

 神標ディンギルの加護によって辛うじてこらえていたエルキドゥの体も、さすがに軋み始めたか。

 全身に刻まれた擦傷と裂傷から血を噴き出しながらギルガメッシュを叩くエルキドゥの体が、痛々しく映る。

 絶えず動き続けた反動が出たか。遂にエルキドゥが止められた。エルキドゥの繰り出した足刀が、ギルガメッシュの手刀に抉られる。

 止まったエルキドゥの全身から流れる血が、止めたギルガメッシュの全身から溢れる血が、共に戦場を赤く染めて、肩で息する二人の呼吸が、静寂に包まれる戦場に響き渡る。

 誰もが理解する事も考える事も諦めた今、誰も口を挟む事も歓声を送る事もなく、誰もが、この戦いの結末をただただ見守っていた。

 シャムハトのように、二人を知る過去の者達は強く祈る。祈り続ける。

 一体何に対してか。それはもう、彼女ら当人さえ理解出来ていなかった。

「やるね……ギル……」

「そう何度も動き回れば、さすがに眼も慣れる……拳くらい、繰り出せるわ。戯けめ……」

 互いに満身創痍。

 エルキドゥの一方的攻めが続いたが、決してエルキドゥの優勢とはいかなかった。今の攻撃で仕留めきれなかった今、寧ろエルキドゥの劣勢とさえ言える状況下。

 ここからは互いに一挙手一投足。間違った一手を先に繰り出した方が負ける。

「エンキの知恵と、ニヌルタの力……そして、我が妹の持っていた神標ディンギルの三つを合わせて……初めて完成させた、力か。なるほど、確かにそれは神速の体現よな……だが、この身も、半神半人。更に言えば、俺は三分の二が神の玉体だ……眼も慣れた。拳もまだ繰り出せる。まだ終わらんぞ……まだ、勝負は決さないぞ、エル!!!」

 虚勢やハッタリなんて、彼は言わない。

 次からの神速は、ギルガメッシュもガードして来る。ならば、どうするか――

「ギル」

「わかっている。おまえの、しようとする事など……考えるまでもない。見当が、付くわ」

「そっか。なら、もうこれ以上は言う必要は無いだろうけど……言うね。ギル、これが、最後だ――変、身!!!」

 赤く濁った水が舞う。

 エルキドゥを包み込むと内部から大量の血が弾けて亀裂を生じさせると、水の壁を割って新たな姿を手に入れたエルキドゥが姿を現した。

 両手両足は岩を超圧縮して作り上げたダイヤ。肘と踵から炎を噴出し、纏っている風で浮かぶ体の周囲には、三つの泡沫を浮かばせていた。

 地水火風。四つの原種エレメントを纏った姿は、南條も安心院も初めて見る。

「この姿に、名前はない。強いて名付けるなら……四大の精、エルキドゥ」

 四肢に刻まれる神標ディンギルが光る。

 対してギルガメッシュは砕けた黄金の塵を掲げた手の中に掻き集めると、剣と戦斧と鎧、全ての重量を圧縮した巨剣を作り上げた。

 剣に名はない。

 だがこれだけは言える。神の差し向けた災害を払い除けた剣とは比較にならないこの剣に斬られれば、忽ち神は滅却し得るだろう、と。

 二〇〇キロどころではない。三〇〇キロさえ優に超える。四〇〇キロ相当の金塊は、ダイヤモンドにさえ匹敵する硬度を誇る。

「アヌ、エンリル、エンキ、力を寄越せ……!」

 泡沫が弾ける。

 水の散弾が襲い掛かるが、ギルガメッシュは剣で受ける。

 神速で迫るエルキドゥの跳び蹴りが剣とぶつかって弾かれそうになったが、同時に襲い来た衝撃波がギルガメッシュを打ち、わずかにだが揺らがせた。

 踵から噴き出す火炎をブースターに使い、回し蹴りを繰り出すが、ギルガメッシュは背を仰け反らせて躱し、返しに払った一閃で籠手で受けたエルキドゥを払い除ける。

 払われたエルキドゥは噴き出す水飛沫で打ち上がり、更に風を自ら受けて飛翔。高々と跳び上がった場所から、流星の如きライダーキックで落ちていく。

 が、ギルガメッシュは避けない。剣が変形して巨大な強弓と化し、ギルガメッシュの手に集った黄金が弓となって、跳び込んでくるエルキドゥ目掛けて解き放った。

 が、わずかに軌道がズレてエルキドゥと矢が掠れながら行き違い、軌道を逸らされてギルガメッシュの目の前に落ちたエルキドゥは神速の拳でギルガメッシュの顔面を穿とうとして、首を傾げただけで躱された。

 だが、忘れた頃にやって来る衝撃波。拳をギリギリ躱したギルガメッシュが躱せるはずもなく、衝撃波に打たれたギルガメッシュがわずかに揺らいだ。

 その隙を逃さんと、エルキドゥは踵から炎を噴射。飛び膝蹴りを繰り出すが、ギルガメッシュに攻撃を躱され、カウンターパンチで殴り飛ばされた。

 水面を水切りの石が如く跳ね、壁にぶつかって止まる。

 互いに大技は決まらず、小さなダメージばかり蓄積していく。時間ももうない。

 立っているのもやっとの状態で、倒れそうになるのを必死に耐える。

 残されている余力もわずか。これが正真正銘、最後の一撃と決めた――!

「輝け、神標ディンギル……!」

「これが、最後の一矢だ、エル!」

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