ギルガメッシュvsエルキドゥ 3

 生まれ出でたその瞬間より、王は全てを知っていた。

 当時の祖国で出来得る事も、当時の祖国では出来ない限界ことも知っていた。

 自分には何が出来て、何が出来ないのかを知っていた。

 つまらなかった。

 何もかもを知っているから、新鮮な出来事なんて一つもない。古今東西、全ての宝物からガラクタに至るまで、全ての物を集めた蔵を満たしても、既に満たされる事を知っていた頭と心は、満たされなかった。

 だから、正直に言えばが来る事も知っていた。だが同時、はギルガメッシュの予想を始めて上回って来た相手となった。

 誰が想像出来ようか。

 自分達と袂を分かった傲慢な王へと差し向けたはずの兵器が、王に最初に繰り出した武脚と、その時に添えた一言など。

「女性をもっと大事に扱え! この淫乱王!!!」

 神々への不遜に怒って来るはずが、まさか女の扱いで蹴られるとは。

 シャムハトを行かせた事でが兵器から人間に変わる事は知っていたが、まさか初夜権に激怒し、花嫁に扮してまで蹴りに来るとは思ってもなかった。

 奴だけが、エルキドゥだけが、ギルガメッシュの知らない異世界であった。

「ギルガメッシュ王……エルキドゥ……」

 二人を繋げる事となった娼婦、シャムハトは祈りながら戦いを見守っていた。

 どちらを応援しているかなど、言うまでもない。どちらとも、である。

 エルキドゥが跳ぶ。

 駆け抜けたと思えばまた姿を消し、高波がギルガメッシュを襲いに来たかと思えば、厖大な数のエルキドゥとなって順にギルガメッシュへと足刀を突き付けながら降り始めた。

 が、ギルガメッシュは避けない。

 剣を掲げた体勢から動く事なく、ジッと期を窺っている。

「派手な陽動だ」

 増えたかと思えば今度は隠れた。

 厖大な数にまで増えたように見せて、今度は一人だけ本物という図式。それがいつ襲い来るかわからない緊張は確かに厄介だが、要は本体が襲い来るより先に見つけ出し、斬り付ければいいだけの事。

 だが、それよりも簡単な方法がある。全て、一撃の下に叩き伏せればいい。

「“完全網羅ベレト・イリ”!!!」

 交錯する黄金の光輝。

 戦斧と剣から放たれた光が戦場を満たした一瞬で、エルキドゥの分身が全滅。本体は水の中から現れ、真正面からギルガメッシュへと手刀を繰り出し、手首を掴まれ止められた。

 そのまま振り回され、投げ飛ばされたエルキドゥに目掛けて戦斧を投擲。壁を蹴って走るエルキドゥを追いかける戦斧より、金色の光が斬撃に変わって放たれる。

 ブーメランのように曲線を描きながら戻って来た戦斧を取ったギルガメッシュは、斬撃を躱したエルキドゥ目掛けて跳躍。

 剣を高々と掲げて振り下ろす構えを見せながら繰り出した蹴りで、エルキドゥを戦場へと叩き落し、大きな水柱を上げる。

 ギルガメッシュは止まる事なく、今度こそ剣を振り下ろして斬撃を戦場に叩き付けると、戦場の中央で光り輝くエルキドゥを見つけ、喜びに満ちた顔で笑った。

 戦場に叩き付けられたエルキドゥは立ち上がり、両腕に巨大な拳岩けんがんを纏う。

「変身……火と大地の精、ニヌルタ!」

 エルキドゥの周囲の水が蒸発し、焦げていく。

 再度剣を掲げ、全体重をかけて斬り掛かって来るギルガメッシュに対し、両肘から噴炎を吐いて飛翔したエルキドゥの拳が剣を粉砕。ギルガメッシュの玉体に叩き付けられた。

 が、ギルガメッシュは殴り飛ばされるより先に剣を砕かれた事で空いた手でエルキドゥの拳を掴み、衝撃で二人共空高く吹き飛んでいく。

 即座に岩で出来た靴のつま先から炎を噴いて振り回したエルキドゥの踵落としがギルガメッシュを戦場へと叩き付けたが、ギルガメッシュは空中で態勢を立て直し、体を打ち付ける事なく着地していた。

 両肘から炎を噴くエルキドゥが、力の限り拳を握り締めて迫る。

「軍神の力まで引っ張り出したか……元は農業と治癒の神である癖して、さすが悪魔を解放する神よな! その力、まさしく悪魔そのものよ!」

「“握戦神拳ニンギルス”!!!」

 エルキドゥとギルガメッシュが再度衝突。

 今度はエルキドゥが上だ。しかも拳の重量と落下速度から、威力も重い。

 が、ギルガメッシュはあろう事か、数トン単位に到達していそうな拳を自身の拳で受け止め、剰え、押し返さんとしていた。二〇〇キロ以上の得物を易々と動かす王の怪力が、エルキドゥの纏った拳岩に突き刺さり、徐々に減り込んでいく。

「忘れたか、エル……俺の得物が二〇〇キロ程度そこらなのは、俺が持てないからではない。。剣の一つに十人掛かりで持ち上げる光景も滑稽であったが……! 百人掛かりで持ち上がらんでは滑稽を通り越して道化であろう!」

 拳を作るギルガメッシュの腕が膨張。

 限界まで筋肉を膨らませ、血管を膨らませ、力を膨らませて、エルキドゥを押し退けようとした結果、ギルガメッシュの拳がエルキドゥの岩を砕き、エルキドゥの左手を晒しただけでなく、エルキドゥの顔面にまで穿って、エルキドゥを戦場に叩き付けた。

 エルキドゥの叩き付けられた箇所を中心に、戦場が中華鍋の如く凹む。

『こ、ここ、これは強烈ぅ!!! ギルガメッシュの拳が、エルキドゥの巨大な岩の拳を粉砕! 顔面にも思い切りヒット! エルキドゥ、立ち上がれない!!!』

「やっべ……」

 苦笑。

 異能も機能も関係ない。実際、ギルガメッシュはまだ異世界で手に入れたらしい異能さえ見せていない。

 だがこれだけ圧倒される。互角だったという逸話が偽りだったのかと思ってしまうほど、エルキドゥが異世界で手に入れた異能が一方的にねじ伏せられる。

 溶岩の拳に対して素手の怪力で真っ向勝負し、尚且つ打ち勝つギルガメッシュに対して、南條なんじょうももう笑うしかなかった。

「エルキドゥ、もうダメかな……」

「馬鹿野郎、安心院あんしんいん。エルキドゥがこれだけでやられるかよ。が、確かにやべぇ……このままじゃあ、こっちが圧倒的不利だ」

 だが――

「さすがだね……ギル……」

『え、エルキドゥ! フラつきながらも立ち上がった! だが、右手の岩の重量に負けて、まともに立てていない!?』

「だから喚くなと言っているであろうが、雑踏め」

 ギルガメッシュは考えない。が、違和感は感じてならない。

 エルキドゥがこの程度でやられる訳がないという意見は、奇しくも南條と一緒だった。

 だからこそ、目の前の息を切らして苦しそうに立ち上がる彼ないし彼女を見て、違和感を感じてならなかった。

 弱くなったとは思わない。

 だが、脆くなったとは思う。

 人間としては強くなったに違いないが、兵器としては性能を落としている。何故?

「今、何でって思ったろ」

「……」

「考えないんじゃ、なかったのかい? ギル……いや、そもそも君は、思慮を巡らせた事なんて、なかったんだろうね。君は全部を知っているから、対処法も何もかも知っているから、深く考えられない。もしもとか、そういう不安が起きない。それが君の強みであり、弱点になる」

「何?」

「さぁ、考えてみな? ギル。これから僕が何をするか。何をしたいか。どうやって勝とうとしているか。これから君が対峙するのは、今までの君が知らないエルキドゥだ」

 右手の岩が砕けて消える。

 エルキドゥは右手を左手で包み込み、胸に置いて抱き締める。

 深く呼吸を繰り返すと手から光が零れ、足元に落ちて体を包み込み、エルキドゥを中心として光の花が咲いた。

 エルキドゥの五体に、不規則に思われながらも一つの規則に従った光が刻まれる。

 その規則を知っているのはエルキドゥと、ギルガメッシュだけであった。

「貴様……!」

「そう。これは君の妹が与えられし神からの贈答品ギフト。君はもちろん、僕も持っていなかったもの……そう、これが神のしるし神標ディンギルだ」

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