ギルガメッシュvsエルキドゥ 2

 そも、エルキドゥとは何者なのか――

 簡単に言ってしまえば、彼はたった一人の人間を殺すために作られた兵器だ。

 水と知恵と創造を司る神、エンキに由来する神々の創造物。

 百年に一人の天才や千年に一人の逸材と言った、神からの寵愛を受けたかのような才能に恵まれた人間を差す比喩表現ではなく、正真正銘神様から創り出された。

 ただし生物ではなく、兵器として。武器として。対ギルガメッシュ専用の戦闘兵器として生み出された彼もしくは彼女には、生物ではなかったために搭載されなかった機能があった。

 それは、感情――本当に?

 不信論者ファウストの言葉を借りて言うのなら、神々は自分達という存在をコピペして作ったアダムという人間から生まれた失敗からまるで何も学んでいなかった。

 ギルガメッシュが神々じぶんたちと袂を分かつと宣言した時から、神は学ぶべきだった。

 人は神が思う様な、単純な生き物ではないと言う事を。

「何だあいつは?!」

「ば、化け物か?!」

 獣たちと一緒に闊歩するを見て、慌てふためく狩人。

 獣を狩り、水を汲みに来た目的を忘れ、彼らは恐怖に背を押されて逃げていく。

「おい、逃げるぞシャムハト! シャムハト!」

 だが唯一、ギルガメッシュによって同行を命じられた女は違っていた。

 彼女はが何を欲し、何を求めているのかを、一目で理解した。

「……おいで」

 その時は、兵器から人間に成り下がった――否。元より兵器などという肩書は重荷だった。

 森に落とされて数日、獣達と戯れ、共に過ごし、人前に姿を現しても攻撃する事のなかった兵器が求めていたのは、生まれた子が周囲に求める当然の感情、愛だったのだから。

 神聖なる娼婦だったシャムハトの胸に抱かれ、六日七晩の交わりによって、エルキドゥは初めて人の愛に触れた。

 自分に臆して逃げ出した狩人らとは、彼らと同じ物を食べ、彼らと語り合う事で親愛を勝ち取った。

 ならば王は? 自分が倒すべきギルガメッシュという王からは、どうやって愛を受け取ればいいのだろう。

 その時にエルキドゥは気付いたのだ。

「あぁ、あぁ……効いたぁ……久方振りに蹴られたぞ。あの日以来か」

「初夜権、なんてものを使っている君に腹が立ってね。結婚する女性の処女を旦那より先に奪う、なんて事をする君と、まさかその後友達になるだなんて、あの時は思いもしなかったな」

「俺のモノで初夜を迎えられる事は、当時栄誉であった。故に異を唱える者はなく、俺も何も疑っていなかった。シャムハトも、例外ではないと思っていたが……その後のおまえ達ときたら――」

 エルキドゥの蹴りが、今度は防がれた。

 が、蹴りの余波が籠手で防いだギルガメッシュを突き抜け、水を押し退けて向こうの壁にまで叩き付ける。

「二度も通用すると思うてか――!」

 二百キロ以上の黄金をも持ち上げる怪力が、ストレートに放たれる。

 顔面に受けたエルキドゥは壁に叩き付けられ、吐血。血と水が交わる頃に、遅れて着水する。

「エンキと言ったな。貴様に由来する水と知恵の神。なるほどその速さ、その流動性。間違いなくかの神に近しい権能を有していよう――だが! 俺は天空神アヌ、大気神エンリル、そして……エンキより知恵を授かりし、三分の二が神である半神! 一柱の神を模した程度で超えられるほど易くないと、貴様は重々承知していようが……他の世界に転生し、驕る事を覚えたか」

「酷いな。酷すぎるくらいの酷評だ。だけど、確かにそうだ。エンキの真似事をしたところで、到底君に勝てるはずはない。ならどうするか……」

 エルキドゥが走る。そして消える。

 激しく上がる水飛沫、水柱、波の応酬で、視界がハッキリと定まらない。

 人の影一つもまともに見られない水の中で、ギルガメッシュの忙しなく動く目は常に、エルキドゥの姿を頭の天辺からつま先の端まで捉えていた。

「さて、ギル。君は言ったね。エンキを由来とする私では、エンキどころかアヌとエンリルの知恵まで授かっている君には勝てないと。ならばだ、ギル。君は?」

「何?」

 エルキドゥの姿が消えた。

 次の瞬間には現れる――と思ったが、現れない。

 その代わり、気配はあちこちから感じられる。噴き上がる水柱の中。荒れ立つ白波の中。そして、弾け飛沫しぶく水滴の一つ一つから、エルキドゥの気配を感じて、感じ過ぎて、気付いた時には遅かった。

 前後左右、頭上に現れたエルキドゥの足刀が、深々と突き刺さる。

『分身?!』

「喚くな、雑音!」

 ギルガメッシュの一閃で、全てのエルキドゥが両断される。

 だがそれらはもうエルキドゥの形を留めていただけのただの水で、エルキドゥ当人は噴き上がる水柱の一つの上に立っていた。

 足刀が貫いた黄金の鎧より出血するギルガメッシュは、楽しそうに笑っていた。

 それこそ、かの夜を思い出しているかのような。

「分身? 分裂? 分散? そのような個を分ける小細工……己の力さえ分けて尚、この鎧を貫けるものか。ならば何をしたのか? 答えは自ずと導ける……。だが、それがどうした」

 静寂。

 最後の一言はそれを生み出すには充分だった。

 何故? どうして? 異世界から跳び込んでくる奇跡に近い未知。異次元の事象に対する疑問符を、王は放棄したのだから。

「異なる時代より呼び出され、異なる世界にて異常とも呼べる体験をした者達が集うこの場で、相手能力の分解と分析は確かに必須。しかし力の解明に振り回され、敗北する奴を俺は多く見て来たし、多く知っているし、多く倒して来た。そして今、俺の目の前にいるのはまさしくそんな、理解不能な力だ。それは読んで字のごとく神業! それに対して無い頭を使う事こそ、愚か者のする事よ!」

 どこからともなく、黄金の剣が飛んで来た。

 ギルガメッシュの意思に従い、自ら飛んで来た剣に対して、観客からはどうやったんだとまた疑問符が生じては消されていく。

 何故、どうして。そんな言葉は、神の前では何の役にも立たないのだと言われた後、すぐ同じ過ちを犯すのは、彼の言う愚者の言動であるからだ。

 神と言う存在そのものが曖昧な相手に、疑問符を浮かべて問いを投げ掛ける事は即ち、己の無知を晒す事なのだから。

「如何様な異能だろうと曝け出すがいい、エル! 地上の全てを味わい全てを知った、英雄らの祖先ギルガメッシュが、悉く、ねじ伏せてくれようぞ!」

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