アタランテvsヨハン・ゲオルク・ファウスト 決着

 四肢を突いた状態から、アタランテが走る。

 縦横無尽に駆け回ったアタランテの肘鉄がファウストの死角から迫るが、反射的に跳んだファウストは浮遊する瓦礫の上に着地。

 が、すぐさま目の前からアタランテの跳び蹴りが飛んで来て、また反射で躱し、更に反射で繰り出した手で脚を捕まえ、悪魔の膂力で振り回し、ハンマー投げのように勢いを付けて投げ飛ばした。

 が、瓦礫に四肢を突いて着地したアタランテはすぐさま肉薄。幾度かのフェイントで攪乱しつつ、側面から迫って繰り出した回し蹴りが反射的に躱したファウストの横っ腹を掠める。

 反射的に繰り出した貫手に鼻頭を突かれたアタランテは数歩下がらされたが、すぐさま走り始め、姿を消した。

 ファウストもまた、反射的にアタランテの攻撃を躱しつつ、瓦礫という瓦礫を飛び回っていく。

「なるほど、先より速いな……だが、その速度に体が持つか、甚だ疑問だが――」

「それは貴様もだろう、無神論者」

「それは違うな……最初から悪魔の反射で動く私と、無理矢理体を酷使している君とでは、体に掛かる負荷が違う」

 そしてこの結末は、既に計算されていた。

 脳の思考回路と脊髄反射による体躯駆動を同時処理する悪魔の秘術、“知的悪魔の好奇心メフィストフェレス”によって、戦闘の全てを反射で動く体に任せ、絶えず回転させていた思考回路が導き出していた。

 矢を封じれば、彼女に残されたのは速度を駆使した肉弾戦。

 こちらの反射神経の速さを見せ付ければ、向こうは無茶をしてでも最高速を維持し続けようとするだろうが、仮にも人の体が、最高速など維持し続けられるはずがない。

 人間が加速してから最高速を維持出来る距離が、百メートルと定められているのだから。史上最速の英傑とはいえ、例外ではないはず。

 先に果てるのは彼女だ。

 自分はその時まで、体に任せて回避に専念し続けるだけ。

「先に果てるのは君だ」

「その前に倒す!」

「そう簡単にいくのなら、人間は奇跡なんて望まないんだよ!!!」

 度重なるフェイントの中に本命を混ぜて、攻める攻める攻める。

 が、ファウストの体はフェイントと本命のわずかな差異を見抜き、全ての攻撃を躱していく。

 紙一重なんて舐めた真似はしない。反射に意思はないので微妙なコントロールこそ出来ないが、確実に、明瞭に躱す。

 躱して躱して躱し続けて、アタランテの疲労と自壊を狙うファウストの戦法は、戦士のそれとは言い難い。だが、ブーイングするのは転生者以外の一般人。転生の権利を得た戦士達は、ファウストの戦い方も、それに喰らい付くアタランテに対しても、笑う事はしなかった。

 卑怯だなんて思わない。

 ファウストは最適かつ最善手を打っているだけだ。

 そしてアタランテは、真っ向から対峙している。

 これが戦いである以上、卑劣と蔑む事はしない。卑怯と卑下する事もしない。互いが死力を尽くしてぶつかり合う中で、どうして野次など飛ばせようか。

 真剣勝負の最中に向けるのは野次でもなければ、邪魔な横やりでもない。ただ一心に、戦いを見守る真っ直ぐな視線のみ。

「るぅあああぁぁぁららららららららららららららららら――!!!」

『ラッシュ! ラッシュ! ラッシュ! 拳と蹴りの応酬が速過ぎて、アタランテの腕、脚が目で追えず、消えたかの様! だが、ファウストはこれを躱す躱す躱す! 躱し続ける! その顔には、未だ余裕が残っている!!!』

 当然だ。

 常に集中して回避しているのとは訳が違う。脳を除く体全てが、勝手に攻撃を認識して勝手に攻撃を見切って勝手に攻撃を躱すだけ。

 集中力の欠落、なんて落ちもない以上、アタランテに勝機はない。

 気力は充分。体力もまだ充分に残っている。勝ちはあっても負けはない。

「残念だが、君の攻撃が届く事はない。これでようやく証明されるのさ。此の世に神など存在しない。勝利の女神さえ、その時の相手と状況によって決まる、必然と当然に過ぎないと」

 無理矢理修復した両腕から、血を噴き出す。

 体が熱を持ち始め、意識が混沌として来た。

 が、まだ止まらない。鼻血を噴いても、更に加速し続ける。

「もう聞こえてさえいないか。残念だよ。ではせめて、最後まで付き合ってあげよう」

 この時、両者は気付いていなかった。

 アタランテは全力で、全速力で攻撃を繰り出す事に必死だっただけだ。

 ファウストはただ身に任せ、攻撃を躱し続けていただけだ。

 傷を開き、流血しながら攻撃を続けるアタランテに対し、涼しい顔をして避けるファウストという構図は、すでに勝敗は決まったものと思わせる。

 が、ファウスト――更に言えば、ファウストの体に取り憑いた悪魔は、悪魔であるが故に理解し切れていなかった。そも、人間の限界というものを。

「――?!」

 拳が頬を掠めた次の瞬間、繰り出された拳が顔面を穿つ。

 思っていた以上に軽い拳。だがそれこそ、ファウストの体に攻撃が決まった理由だった。

 流血の影響で少しずつ軽量化していったアタランテの体重。それらが攻撃にも影響し、より軽くなった攻撃はその威力と重量を引き換えに、更なる速度を手に入れていたのだ。

 徐々にファウストの反射に対して体が追い付いていかなくなり、攻撃が次々と決まっていく。

 この展開にまで持って行ったのは、奇しくも悪魔の悪戯でもなければ神による奇跡でもなく、アタランテという一人の女が死に物狂いで掴み取った努力の結果であった。

『アタランテの攻撃が、ファウストに次々と、面白い様に決まっていく! 防御に回る事も出来ないファウスト! だがアタランテの出血量も相当だ! 先に果てるのは、果たしてどちらだ?!』

 鼻血を噴き出しながら繰り出す、アタランテ渾身の右ストレート。

 が、ファウストは反射的にそれを躱し、アタランテの顔を穿つ拳を繰り出した。

 早急に決めてしまわなければ自分がやられる。ファウストという人間自身がそう考えた、焦った結果繰り出してしまった悪手。

 殴られたアタランテはファウストの両肩を捕まえて固定。人類史上最高の速度を生み出す脚が放つ飛び膝蹴りがファウストの胴を穿ち、アッパーカットが打ち上げる。

 そして最後は決める。

 ファウストの落下地点まで走ったアタランテは跳躍。拳と蹴りの応酬でファウストを打ち上げながら、浮遊する瓦礫を登っていく。

 黄金の軌跡を描きながら、流星が如く走ったアタランテは最高地点までたどり着き、自らの武脚を金色に輝かせて、解き放つ。

 ――“輝ける星々よ獲物の影を射抜けポイボス・リュカイオス・アタランテー”!!!

 歴代仮面ライダーも顔負けの跳び蹴りが、ファウストを連れて流星が如く落ちる。

 フィールド中央に叩き付けられたファウストの体は爆発四散。置いてけぼりを喰らう頭が、砕け散る自身の体と、金色に輝けるアタランテを見ながら、徐々に思考を止めていく。

「馬鹿な、バカな、ばかな……また、私は失敗したのか。また、私は証明できなかったのか。何処で間違えた……何をたがえた。一体、何を、どうして……どう、して……」

「確かに……私が最後までかみに頼っていれば、私に勝ちはなかった。私が勝てたのは間違いなく、私自身……人間の力だからだったから、だよ……」

『転生者大戦! チームヴィクトリア、対、チームルーザー! 第三試合、勝者は……アタランテェェェッッッ!!!』

 元に戻ったアタランテは、貧血の状態ながらフラフラと入場ゲートに戻っていく。

 しかし最後の最後まで維持を見せ、観客の声援に拳を高々と突き上げて応えながら消えていった。


 第三試合。勝者、チームヴィクトリア。アタランテ。

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