アタランテvsヨハン・ゲオルク・ファウスト 3
どういう事だ。
自分は間違いなく彼に矢を射かけ、それら悉くは容易く回避出来るはずもなかった。
辛うじて、全て打ち落としたというならまだわかる。いや本来、打ち落とす事も出来ない数と速度だったが、それでも、打ち落としたというならまだわかる。
いやそれでもやはり、理解するには難しい。
回避不能の数と速度で打って、どれ一つ当たらない理由とは何だ。何故全ての弓が、彼を拒絶する様に湾曲した。
どうやって彼は、乗った瓦礫の上から一歩も動かず回避した。
彼は今、一体、何をした――?
「しっく、しっく、しっく。どうした? 先の攻めで疲れたか。二柱の神の加護というのも、存外大した事がないんだな」
「――!!!」
「だがしかし当然だ。何故なら此の世には二柱どころか、一人の神もいないのだから」
「黙れ!」
光を集め、矢を放とうとする。
が、先に投げられた鋏に弦を斬られて、矢筈を掛けようとしていた手が停止する場所を見失って後ろに大きく振られた隙に、ファウストが肉薄。
アタランテはタックルで返り討ちにせんと突っ込んだが、着地直後に真上に跳んだファウストに躱され、頭を鷲掴まれた。そのまま頭の上で倒立するファウストの体重に圧され、前のめりに倒れ伏す。
アタランテの背中に着地したファウストの手が、髪を掴んで引っ張り上げる。
「どうした。レスリングにおいて無敵を誇ったとされるアタランテが、随分と無様を晒すじゃないか。動揺が、隠し切れていないようだね」
「貴様っ……先程から、何をしている」
「へぇ、驚いたな。能力の詳細こそわかってないが、常時発動型だという事は見抜いたのか。転んでもタダで起きないタイプなんだね。まぁもう、二度と起き上がらせる気はないけどね」
手で招くと、先程投げた鋏が飛んで来てファウストの手に収まった。
何かしらの異能を思わせるが、そうではない。ただ自分の手と鋏を、糸で結んで繋いでいるだけだ。ただし超が付くほどの細い糸なので、観客席からは見えないだろうが。
「さぁ、これで終いだ」
「……ふ、ざける、なっ!!!」
両拳が瓦礫を殴る。
殴った箇所から広がった亀裂は瓦礫そのものを崩壊させ、鋏を掲げる形のファウストは空中に放り出されて体勢を崩した。
砕けた瓦礫の小さな粒を足場に疾走。最高地点まで上ったアタランテの跳び蹴りが、ファウスト目掛けて跳び込んでいく。
が、ファウストは鋏を頭上――地面に投げて突き立てると、糸を引いて自身を引き寄せ回避。振り返り際に拳を携えて迫り来るアタランテを視界の端に捉えて、繰り出される拳のラッシュを躱しながら、後ろに下がり続けた。
そのまま壁際まで追い込んで仕留める、と考えたアタランテの思惑を見透かしたが如く、拳の応酬の隙間を掻い潜って背後を取り、鋏を大きく振り被って斬り掛かった。
皆が一刀両断された狩人の姿を想像して、次には裏切られる。
ファウストに劣る事無き速度で斬撃を回避したアタランテは、浮遊する瓦礫に跳び移り、再び光の弓を手に取った。
が、撃たない。
自分を見上げて笑うファウストを見返し、攻めあぐねている。
「どうした。来ないのか? 二柱の加護とやらは、君を勝利させてくれるんじゃないのか。それとも、神というのは、やはり君の出まかせなのかな?」
「……そういうおまえの能力は、神の加護とでも呼ぶべき力だな」
ファウストの目から、光が欠ける。
淀むような、穢れた殺気を解き放ったが、それらは観客席に届くより前にファウスト自身の意思によって収められた。
「
「やはり――」
「しかし勘違いしてはいけない。私は望んで手に入れた訳ではない。言っただろう? 悪魔を召喚してしまえたと。その時奴は、勝手に私に能力を与えようとし、耐えかねた私は四散爆発――自害した。だが奴は、転生した世界にまで付きまとって来た。忌々しい事に、俺の体に入り込んでまで!」
ファウストの左目が紫色に変色。赤く染まった虹彩の中央で、穢れた黄金がアタランテを
「
鋏を分離。
二刀流の刀が如く握り締めて、瓦礫を跳んでアタランテへと迫る。
アタランテは即座に矢を放って応戦するが、全ての矢をファウストは弾き、そのまま肉薄。片方の刃を投げ付けて回避させた次の瞬間には、アタランテの左肩を抉り斬っていた。
通り抜けた先で投げた鋏を拾い上げ、すぐさま折り返し斬り掛かる。
アタランテは駿足を鳴らして飛び退いたが、ファウストはあっという間に追い付き、空中でアタランテの背後を取った。
「“
アタランテの背中に深々と叩き込まれる十字の斬撃。
弾ける血飛沫がアタランテに歯噛みさせ、全身を駆け巡る痛みを耐えて辛うじて着地させた。
更なる追撃がアタランテの首を両断せんと迫り来るが、後ろに跳びながら回ったアタランテは斬撃を回避。傷口から血と共に体力と熱とを奪い取られ、揺らぎながらも持ち堪える。
「私と同等の速度、だと……? いや、それにしてはあまりにも……」
「あまりにも速過ぎる、か? そりゃそうだ。君は人間の力で、私は悪魔の力で戦っているんだからな」
「何だと……?」
監督室の
解説を求められた南條は面倒そうにしながらも噛んでいたのと同じガムを差し出し、安心院の目の前に投げ付けた。
突然投げられたガムは散り散りに飛んで行き、安心院は辛うじて一つだけを取ったものの、他のガムは足元に散らばって落ちてしまった。
「今、おまえは飛んで来たガムを見て何とか一つに反応し、喰らい付いた訳だ。だが、ファウストは全部取れるだろう」
「それって、早いから?」
「そうだ。だが当然、それだけじゃあねぇ。俺達は大抵反応で動くが、奴の体は反射で動く。見て、聞いて、嗅いで、感じ取ったものから伝わる電気信号は、本来脳を伝って体を動かす。それが反応だ。だが奴の体は脳を経由せず、脊髄を伝って瞬間的に体を動かす。つまりは脊髄反射。奴と俺達とじゃあ、住んでる世界の速度が違う」
「じゃあ、南條の言ってた速度って、つまり……」
「神の領域。神速の域に、人間の域を超えた反射で挑む! 神の反応か人の反射か、どっちが勝つか! さぁ、懸けろ! 今のままじゃあ、ファウストには指先一つ届かねぇぞ? 史上最速!」
一方、チームヴィクトリア監督室。
ファウストの持つ反射を見抜けていないヴィクトリアの面々は、まさかの二連敗を予感して不安に駆られていた。
ヴィクトルも黙ってはいるものの、冷静かと問われれば頷くのは難しい。
前のめりに座った体勢から動かないのは、正確に言えば動けないと言った方が正しく、肘をついた手から顔を退かさないのも、顔色を窺わせないために退かせないと言った方が正しい。
チームルーザーと以前戦った常勝の伝説チーム、レジェンズの監督が現在引き籠り状態にあると聞いてはいたが、その理由を理解出来た気がした。
勝つために最適な手段ではなく、最悪な手段を取って来る。
彼がよく口にする、どちらが勝つかわからないシーソーゲームを実現させるためだろうが、必ずギリギリの相手を差し向けて来る。
もしも彼が、確実に勝つための采配をしたのなら。彼の求める戦いがギリギリのシーソーゲームではなく、圧倒的完全勝利だったなら――果たして、勝てるだろうか。
だが、負ける事は許されない。
今までの戦績が、面子が、許してくれない。だからこそ生まれるプレッシャーに、潰されそうになる。今にでも嘔吐してしまいそうだ。
「南條利人……我々は、とんでもない怪物を相手にしているのかもしれないな」
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