第三試合 アタランテvsヨハン・ゲオルク・ファウスト

アタランテvsヨハン・ゲオルク・ファウスト

 世界最強にして最速の狩人と、世界最狂のサイコパス。

 空中に浮かぶ幾つもの瓦礫の戦場で対峙した二人はまず――動かなかった。

 アタランテに関しては、動けなかったというのが正しい。何せ真正面に対峙した時から、ずっとファウストの目が頭の天辺からつま先まで、自分の事を舐め回すように見つめているからだ。

 更に近付いて来た彼は触れてこそ来ないものの、あらゆる角度からアタランテを観察し、研究し、フム、と勝手に結論を出した。

「不合格」

 何がどう採点されたのかわからないが、何であれいきなり初対面の相手に不合格と言われて、良い気がしないのは当然の事。それはもちろん、アタランテも同じ。

「私の何が不合格だと? 悪魔崇拝者」

違うネイン。私は、神も悪魔も信じない。私の肩書は? 医学者、学者。確かにそうだ。しかしこう言う者達もいる。占星術師、錬金術師……なるほど正しい。だが、それらの肩書だけで、私が神や悪魔を崇拝していると、誰が断言出来る? ――出来ない。誰にもだ」

「おまえは、悪魔を召喚したのではなかったのか?」

「あぁ、。私の研究の結果、結末として悪魔を呼び出し、力を受け取る事が出来てしまった……それだけだ」

 悲しい事にね、とでも言いそうな顔で、彼は淡々と白状する。

 悪魔を召喚してまで無限の智慧を手に入れようとした男と聞いていたのに、そんな男が信じていないと断言するとは思わなかった。

 男の変な意地かと思ったが、そんなのは一瞬。ファウストの目を見れば、彼が嘘をついているのかいないのかなんて、簡単にわかる。

「無数の智慧? 厖大な知性? 確かに魅力的だね、蠱惑的だ。しかし……神はそんなものを人間には与えない。まして、悪魔なんて存在が与えるはずもない。たかだか不老不死に人間がなるのを拒むような存在が、そんなギフトを与えやしない」

「神の存在を、否定するのか」

違うネイン。正確には、

 ずっと沸いていた会場が、ファウスト一人の発言で静まり返る。

 何せ相手は、神の加護を与えられし者達が集う、チームヴィクトリア。その中でも特別、アタランテは転生するより前から、二柱の神の加護を与えられし者として知られているのだから。

 無神論者を通り越し、神仏否定主義者など、アタランテにとっては天敵以上の怨敵にしかなりえなかった。

「鶏の血だの、逆さづりの十字架だの、それらしい物を置いて呪文を唱えただけで、悪魔が召喚出来る訳がない。それを証明するために儀式を行い、結果、出来てしまった。それもこれも、私の計算が完璧だったが故に」

 バイクに積んでいた荷を下ろし、開錠。

 中から取り出したのは二枚の巨大な刃――ではなく、それらを合体させて作り上げる、巨大な大鋏だった。

「あぁ、話が脱線してしまったね。私があなたを不合格と言ったのは、他でもない。あなたが神などという、そこにはありもしない力――即ち、己の力を誇る事なく、神の加護などと言う非現実的産物に縋って誇っている程度の、か弱き少女メディヒェンだからだ」

「――!」

 次の瞬間、アタランテが消えた。

 そしてまた次の瞬間、ファウストの目の前で土煙が舞い上がる。

 見ると、アタランテの蹴りが一歩下がったファウストのすぐ前に打ち込まれて、地面を抉っていた。

『か、解説が追い付かねぇ! だがこれがアタランテ! 人類史上最速が為せる技! が、ファウストはそれを紙一重で躱しているぅっ?!』

「しっく、しっく、しっく……頭に血が上った人間の動きなんて、単純明快。歴史上最速だろうが何だろうが、真っ直ぐ突っ込んで来るだけなら、躱すのもそう難しくないね」

 また姿を消す速度で移動したアタランテは、浮遊する瓦礫の一つに乗る。

 ファウストを見下ろす位置に立った彼女の両腕に輝くガントレットが光輝を放ち、広げた両腕の間に黄金の弓を出現させた。

 太陽神アポロンと月の女神アルテミスが加護を与えし光の弓、輝ける射手ランペロス・トクソティス

「二大神に願い奉る……神を穢せしあの男に、断罪の矢を!」

「だから、神様なんていないって。それを今から、証明しよう」

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