山田朝右衛門吉睦vsジャック・ド・モレ― 4

 朝右衛門あさえもん被弾。

 さすがに、チームヴィクトリアも踏ん反り返ってはいられなくなった。

 大盾を持つジャックを突破するには、攻撃力は必要不可欠。女である朝右衛門がパワーを出すには、刀を両手で持つのが一番だ。

 だが左肩を穿たれた今、充分な力を発揮出来ない。

 更に傷の深さから出血量が多く、戦闘継続時間に関しても限界が生じてしまった。

 人間の血液量は、体重のおよそ十三分の一。三九キロの朝右衛門で言うと、約三.一リットル。そしてその半分――約一.五リットルで失血死に至る。

「痛そうだなぁ、痛そうだなぁ。こらぁすぐに楽にしてやらないとなぁあ」

 故にもう、攻撃を受ける事は許されない。

 両袖から引き抜いた腕を襟から出して上半身を晒し、袖の片方を斬って傷口を塞ぐように肩に縛って結ぶ。本当に簡単な応急処置だが、今はこれが手一杯。

 そしてもう一方の袖も斬り、右手と刀を縛り付けて固定。

 皮肉にも、最大限の力を揮うために、ジャックの異形と酷似した形とならざるを得なかった。 

 だが他の剣士にあって、朝右衛門にあったもの――それは、経験値。

「まだ、戦うつもりか? 左腕は……実質封じた。そんな細くか弱い右腕で何が斬れる。俺に、一矢報いる気でいるのか? んん?」

「そうか。あなたには、ないのでしょうね。片腕で戦った経験が」

 戦国時代。

 戦場に立つ武士達は、盾を用いる事をしなかった。ないわけではない。ただ、盾を使う事で生じるのが、デメリットしかなかったからだ。

 横薙ぎや逆風と言った太刀筋こそ存在するものの、刀剣はその重量で押し斬る事を前提として作られた武器。だからそもそも、片腕で使う事を想定されていない。

 槍や薙刀と言った武器は言わずもがな、柄の長さから片手で使う事を前提としていない。

 そして戦国時代、鎧兜――つまりは防具を身に着けていた彼らに、更なる防御は必要と映らなかった。

 これら二つの理由から、西洋では普及した盾という防具が、日本ではあまり広まる事はなく、戦国の世が終わってからもその名残から、盾を使う者は現れなかった。

 だが決して、片腕で戦えなかった訳ではない。

 刀剣を揮う筋力さえ搭載出来れば、片腕で使う事は充分可能。だが朝右衛門は筋力ではなく、積み重ねた鍛錬によって磨かれた技術で以てこれを実現するに至った。

 何故そうまでして片腕で刀剣を振ろうとしたかなど、問うまでもない。

 片腕の相手を断罪するには、片腕で対峙するのが相応しいからである。

「は……?」

 “夜祓よばらい”。

 相手の罪を見極め、罪を犯した部位を斬殺する、罪を滅する力。

 自身に合わせろと言っているのではない。ここまでの戦いで、ジャック・ド・モレーという人間を見た結果、朝右衛門は彼の手に罪を見たというだけの話。

『な、何が起こった?! 盾を持つジャックの左腕が、肩から切断されて落ちた!!!』

 体が自覚し、脳が理解し、痛みを発生。緊急事態を報せるまでの数秒間からの、突然の激痛。ジャックは思わず片膝を突き、倒れまいとして剣を突き立てて持ち堪えた。

「てっめぇぇぇ……!」

 観客席の一般人はもちろん、転生者の多数も理解出来ない中、南條なんじょう利人りひとは解読していた。

 山田朝右衛門。

 彼女には異能という異能が存在しない。

 唯一持ち合わせているもの――それは罪過に対する超特攻。朝右衛門が罪と断定し、それが正当であれば一切の容赦なく断罪する。防御無視の特殊攻撃。

 これまで盾で攻撃が防げていた事で、ジャックは彼女の能力を導け出せなかった。慢心も油断もない。寧ろ、。もしもジャックが最初から盾を持たずに戦っていれば、今の斬撃とて回避ないし受け止めることが出来た可能性はあった。

 罪人と処刑人。

 西洋人と東洋人。

 二人はとことん、相性が悪いらしい。

「呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる! てめぇはこの俺が呪い殺す!」

 “悪魔之飢餓ディアブル・アッファミ”――!!!

 刃を叩き付けた戦場が割れる。

 だがそこに朝右衛門の姿はなく、ついでにジャックの姿もない。

 観客の誰もが目で追えない速度で回避した朝右衛門を追い掛けたジャックの動きもまた、観客の目には映らない。

 回避と攻撃の連続は二人の姿を映さぬまま、攻撃の余波と衝撃だけが弾けて、フィールドを破壊し続ける。

 そんな二人が、交錯して止まる。

 ジャックの斬撃を躱し、側を抜けながら繰り出した朝右衛門の峰打ちがジャックの腹部と衝突。腹部を守っていた甲冑が凹み、腹を圧迫してジャックの呼吸を妨げていた。

 すぐさま甲冑を脱ぎたいが、左腕がない事が支障をきたす。

 そんな中で、朝右衛門はジャックの罪――次の断罪対象を見極めんとしていた。

「が、ぐ……ぐぁっ……うぅぅぐぁぁぁあああっ!!!」

 斬り掛からんとしていた体勢から、すぐさま後方に飛び退く。

 見ると、ジャックの体が右腕のように膨張し、甲冑を無理矢理破壊して脱ぎ捨てていた。

 甲冑が内側から破裂したが如く、木っ端微塵に砕け散っている。

 次の瞬間には、破れた鎖帷子くさりかたびらを揺らして疾走するジャックの斬撃と、防御のため繰り出された朝右衛門の刀とが衝突。火花を散らしていた。

「俺を仕留めた気になってたかぁ?! 残念だったなぁぁぁ!!!」

 大剣を振るジャックは、体格の差をも利用して力の限り朝右衛門を振り回す。

 が、徐々にジャックの剣速に慣れて来た朝右衛門は回避し始め、大剣は虚空くうを斬り始める。

 苛立ちが積もり、頭に血を上らせていったジャックは、未だ涼しい顔を保ち続ける朝右衛門に対して咆哮。渾身の斬撃で以て、再びフィールドを割った。

「いい加減、くたばりやがれぇぇぇっ!!!」

 横薙ぎ一閃。

 殺意に満ちた渾身の一振り。

 これもまた、朝右衛門は余裕で見切った――と、誰もが。朝右衛門当人でさえも思っていた中、唯一、ジャックだけが感じていた。

 朝右衛門の体を斬った感覚を。

「……!!!」

 朝右衛門の胸元に一閃。

 傷は浅いが、この際傷の深さは関係ない。

 彼女の体格で許容出来ない量の出血を許してしまった。

 さすがの彼女も揺らぎ、熱を持つ胸元の傷に手を当てる。流れ滴る血液は彼女の体を濡らし、吹き付ける夜風で体を冷やした。

 辛うじて彼女を立たせているのは、脳から溢れ出るアドレナリン。涼しい顔を保っているものの、さすがの彼女も興奮状態にまで追い詰められていた。

「呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる、おまえは絶対に呪い殺す……!」

 脳天から股まで一挙に叩き斬る勢いで、振り上げた剣を落とす。

 即行で飛び退いて回避したものの、動く度に傷口から血が噴き出て、彼女の命を死地へと追いやっていた。

 そんな攻防が続き、朝右衛門の出血量は増していく一方。割れ、砕かれていく戦場が血にまみれて、朝右衛門の速力は更に失われていく――はずだった。

「何だ、何だ、何だぁぁぁ?!」

 衰えるどころか、寧ろ増していく速力。

 血が抜けた事で体重が減り、脚力に意識を集中させて攻撃を回避。斬撃が来るより前に動き、既にいなくなった場所に遅れて来る斬撃を躱す、躱す、躱す。

 苛立ちが頂点に達したジャックの右腕が膨らみ、大剣が更に大きくなって伸び、リーチと刃の幅を増した形で襲い掛かる。

 より巨大に、より強大となった斬撃が襲う中で、朝右衛門は刀を鞘に収めた。

 戦いを諦めた――否。

 盾を使う西洋の剣にはなく、東洋の剣には存在する絶技。

 唐竹。袈裟斬り。逆袈裟。右薙ぎ。左薙ぎ。切り上げ。逆切り上げ。逆風。刺突。

 九つの斬撃を基礎とする剣技の秘奥。鞘から解き放たれる一撃必殺の奥の手――居合。

 両刃の西洋剣術には出来ない、東洋刀剣ならではの一撃の武器は、速度。鞘から解き放たれる一瞬の力は、鞘の中を走る刃の速力によって決まる。

 更にそこへ、朝右衛門の断罪必殺効果付与。しかして繰り出された居合は、抜き出され、解き放たれた剣は、朝右衛門必殺の一撃へと昇華。

 曰く――

「呪われて死ね! 断罪者ぁぁぁっっっ!!!」

 “悪魔之飢餓ディアブル・アッファミ”――!!!

 曰く、“罪過断絶つみほろぼし”。

「……あ?」

「は?」

「へ?」

 ジャックにつられた訳ではないが、南條と安心院あんしんいんまで変な声が漏れる。

 攻撃として繰り出したはずの斬撃が大きく軌道を変えて防御に回ったかと思えば、大木の幹を思わせる大剣が叩き折られて、切っ先が地面に突き立っていたのだから。

「ケッ! 野郎、ビビりやがった」

「あのジャックが……ビビった?! 朝右衛門の攻撃に? 今更?!」

「何にビビったのかまではわからねぇ。が、紛れもねぇ事実だ」

『一撃必殺! 朝右衛門渾身の居合が、ジャックの大剣を叩き斬ったぁぁぁ!!!』

 馬鹿、煽るな。と、南條は実況に言ってやりたかった。

 そうまで己の憐れな場面を改めて言われては、より一層込み上げて来るというもの。

 騎士としての本能か。断罪という権能に対する恐怖か。彼女――朝右衛門が断罪者だという特色からか。

 否、理由などどうだっていい。

 とにかく、ビビった。ビビらされた。

 王よりも残忍で、教皇よりも冷淡。かの島で処刑の際に見た、悪魔のような斬撃に――

「ふざけんなよなぁ……!」

 ジャックの右肩から始まり、右腕が更に膨張。エネルギーの全てを持って行かれているのではないかというほど膨らんだ右腕と融合している大剣が再生し、鋭い刃をより鋭利に尖らせる。

「これで、終わりにしてやる……王よりも残酷で、教皇よりも冷酷な最期をくれてやるからなぁ!!!」

 大剣を大きく振り上げるジャックに対し、朝右衛門は大きく間合いを取る。

 そして再度刀を鞘に収め、必殺の一撃を解き放つ体勢で構えた。

 チームヴィクトリア監督ヴィクトルと、チームルーザー監督南條はもちろんの事、この戦いを見守る皆が、この戦いの終わりを予感していた。

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