山田朝右衛門吉睦vsジャック・ド・モレ― 3

 青年は――後の山田やまだ朝右衛門あさえもん吉睦よしむつとなる彼、もしくは彼女は、人より抜きん出た才能を持っていた訳ではなく、強いて言うなら、努力の天才だと表現される類の人間だった。

 真面目、実直、素直。

 口数は少ない。故に誰の陰口も叩かない。誰も僻まない。蔑まない。

 青年は物心ついた頃より、自分が処刑人の一家に生まれた事を自覚し、自身が如何にすれば立派な処刑人となれるのかを考えられる、悟ったような人間だった。

「吉睦」

「四代目」

 四代目山田浅右衛門、吉寛よしもと

 彼は青年の事を特に気に掛けていた。

 三代目の娘の子だからという理由ではあったが、途中からは意味合いが変わっていた。

 最初こそ、処刑人の孫だから処刑人になる必要はないという三代目に同調していたものの、途中からは、青年がひたすらに処刑人としての道を歩もうとする姿を応援していた。

 が、気になる事が一つ。

「また、ここにいたのか……」

 吉睦がいたのは、近くの剣術道場だ。

 処刑人の孫だからと言って、別に剣術道場に行ってはいけない訳ではない。

 だが吉寛から見ても、処刑人に実戦剣術が必要とは思えなかった。

「吉睦よ。何故、実戦剣術を学んでいる。確かに我らは御試御用。刀の試し斬りを担う仕事をしてはいるが、罪人と戦う必要はない。罪人は両手両足を縄で縛られ、首を垂れた状態。骨と筋肉が密集する首は確かに両断は難しく、何度も刀を打ち付けて叩き折るのが定石のところ、我らはただ一刀にて断ち切り、刀の切れ味を証明し続けて来た。なのに、何故……」

「四代目……確かに、我々の務めは四肢を縛られ、首を垂れた罪人の斬首。しかしそれでは、刀の切れ味を証明する事は出来ても、処刑を――罪を償うという名目は、果たせないのではないのか。拙は、そう考えてならないのです」

 山田浅右衛門一族の元々の役目は、刀の試し斬りだ。

 元は死体を相手にやっていたが、いつしか生きた罪人を相手に行なう処刑人としての側面を持つようになった。

 ならば、今の浅右衛門の本懐はどちらなのか。

 刀の切れ味を証明する御試御用か。

 それとも罪人の首を刎ねる処刑人か。

 吉睦は考えに考え抜いた末、後者に尽くす事を導き出し、選び取ったのだ。

 そんな青年の初めての処刑相手は、自分と年端も変わらぬ人だった。

 罪名は、盗んだ家の人を殺した強盗殺人。罪人は殺すつもりはなかった。我が身を守るのに必死だったと弁解したが、即刻処刑が言い渡された。

 吉睦を見た罪人たる青年は。

「な、なぁ頼むよ……命だけは勘弁してくれよ。この手、手が悪いんだ。なぁ」

「貴様! 口を慎め! この期に及んで命乞いとは、無礼であるぞ!」

「お奉行……頼みがございます」

 青年は、罪人を押さえさせようとしていた奉行に言った。

 態勢はこのままでいい、と。

 だがこのままでは、例え足を縛られているとはいえ、逃がしてしまうかもしれない。そう危惧する奉行に対し、青年は。

「ご安心を。一瞬です」

 そうして振り払った青年の刀は、確かに首を斬り落とした。

 ただし、頭を繋ぐ首ではない。青年は、罪人の両の手首を切断したのだ。

 痛みに悶える青年が転げるが、奉行所の人々が彼を取り押さえる。

「これは一体……何の真似だ!」

「お奉行。ここが試し斬りの場だと言うのなら、今ので切れ味は確認されましたでしょう。ならばもう充分。しかし、ここが処刑場だと言うのなら、彼の処刑ももう済みました。彼はもう、これで盗む事も殺す事も出来ない。何せ、

 罪を憎んで人を憎まず。青年は処刑を命を絶つ場ではなく、罪を祓う場と改めた。

 盗んだ末に殺したのなら、二度と盗めぬよう手を斬り落として終い。

 恋愛のこじれで殺したのなら、二度と愛を語れぬよう喉を斬って終い。

 金に目が眩んで殺したのなら、二度と眩まぬよう両目を斬って終い。

 獣を追いながら故意に人を殺したのなら、二度と山を駆け抜けられぬよう両足を斬って終い。

「命を賭して償うのなら、子供にも出来ます。しかしそれでは、罪は生き続ける。故に、罪人の罪だけを斬り、人としてまた生きて頂く。それが彼らの罰となり、人々の戒めとなるのです」

 冷酷? 否。

 非情? 否。

 青年は至って真面目である。

 自分は悟りを開いた御仏に非ず、ただ剣を振るしか出来ない人間ならば、どうやって罪を祓うのか。

 その結果辿り着いたのが、罪だけを斬る処刑。通称、夜祓よばらい

 つみに生きる人々を、朝の世界に引き摺り出す吉睦の処刑は、多くの人を生かしながら、人々に、大罪を犯した者の末路を見せしめた。

 では、青年は誰も殺さなかったのか? それも否。否である。

 多くの命を殺し、人に頼まれて人の命を殺し、人を殺す事でしか生きられない。そんな者達の首は斬った。

 ただし、両手両足を縛らず、彼らと真っ向から戦うやり方で。

 せめて人間として、他人を殺す人間という存在として殺してやる事で供養とした。

 そしていつしか、青年は自らの名をも改めた。

 罪を祓い、世間に夜明けを与える者――、と。

「てぇめぇぇ……ダンマリ決め込みやがって。俺一人でベラベラ喋ってよぉ! 俺だけ余裕がねぇみてぇじゃねぇかぁ! 何とか、言ったらどうなんだよぉ!!!」

『朝右衛門得意の上段からの一閃! が、躱したジャックは大剣を振り被る!』

 “天使之豊穣グラース・デス・アンジェス”――!

「死ねぇぇぇっ!!!」

 が、吉睦は振り下ろした刀を返し、深く沈み込んだ体勢から兎のように跳躍。跳ねる勢いで攻撃を躱しつつその場から離脱しながら、返した刀でジャックの頬を斬り付けた。

「ってぇなぁ!」

 どれだけ怒鳴っても、吉睦の顔つきは変わらない。

 涼しくも真面目な眼差しで、真っ直ぐにジャックを見つめている。

 その真剣そのものな眼差しが、ジャックの機嫌を逆撫でた。

「如何でしょう、三代目。あれが、あなたのお孫さんです」

「フム……まさかただの浪人一族から、これだけの剣客が生まれるとは。我が孫にしておくには、惜しいところだ」

 四代目吉寛に問われ、三代目山田浅右衛門、吉継よしつぐは嬉しそうに答えた。

 決して、ジャックを圧倒しているからではない。

 強さを手に入れるため刀を取ったのではなく、処刑人という道を真面目に考え抜いた末、今の形を完成させたその勤勉さを称えたのである。

「えぇ、私も鼻が高いです。お孫さんの頑張りで、我々は首切り一族とも人斬り浅右衛門とも、揶揄されなくなっていきました。まさしく奴こそ罪を祓う者、朝右衛門ですよ」

 血走った眼を見開き、下唇を噛み締め、目尻の血管を浮かび上がらせるジャック。

 その姿を見て、南條は天井を仰いだ。テーブルの上に、靴を履いたままの踵が落ちる。

「野郎、まともに戦えるタイプじゃねぇだろうなぁとは思ってたが、こりゃあ思ってた以上に相性悪かったなぁ」

「何か、光属性バーサス闇属性って構図になってるよね……ジャックを倒す吉睦。怪物を倒す英雄。構図が丸被りで……不安でしかない……」

「だが……怪物は生まれて来るもんじゃねぇ。周囲によって、生み出されるもんだ」

 震えるジャック。

 だが恐れている訳ではない。

 怒りに身を任せているが故に震えているのだ。

 千切れ破裂する毛細血管。骨を押し潰さんばかりに膨れ、引き締まる筋肉。脳から水のように湧き出るアドレナリン。ジャックの体内では今、新たな力を解放するための準備を始めていた。

「舐めやがって……舐めやがって舐めやがって舐めやがって舐めやがって舐めやがって!!! その澄ました顔、歪ませてやるよ!!!」

 “天使か悪魔かその名を呼べばパリ・シテズ・カース”、悪魔の側面――それはジャックの右腕と大剣を融合させ、筋肉と骨とが溶け合い、混ざり合い、変形した異形の右腕にて、敵を屠る破壊の結晶。

 曰く、“悪魔之飢餓ディアブル・アッファミ”。

「呪い殺してやる……王のようにジワジワと。教皇のように絶望に染めて!」

 異形の右腕を搭載し、重くなったはずのジャック。

 だが、その見かけによらず先までよりずっと速い。

 見切り損ねた吉睦は初めて被弾。咄嗟に刀を出して逸らしたものの、左肩を抉られる形で貫かれた。

 逸らしていなければ、真っ直ぐに心臓を穿っていただろう攻撃に、吉睦は歯噛みして耐え忍ぶ。

「あぁ……あぁあぁあぁあぁ悪いなぁ。ジワジワとやるって言ったそばからつい……急所を狙ってしまったよぉぉぉ。ごぉめぇんねぇぇぇ」

 悪魔の様な顔で、ジャック・ド・モレーは笑う。

 その邪悪の笑みの中に、聖堂騎士団最後の団長としての姿は、最早見られなかった。

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