第1話 君の声、遠い記憶、邂逅
梅雨も終わりを告げ、いよいよ夏本番がすぐ目の前にやってきた6月末。日中は日差しがきつく、気温も高い日が増えた。
朝起きて、電車で仕事へ行き、定時から一時間ほどの残業をして会社を出て、見知らぬ人たちに押されながら電車に揺られるいつも通りを繰り返す。
最寄りの駅で降りて、改札を抜け、バス停に向かう途中までは昨日までの繰り返しだった。
涼し気な夜風を受けているときに、改札で呼び止められるまでは。
「
聞き覚えのある声。
いや、聞き馴染んだ声だから私は足を止めて声のする方を向いた。
「久しぶり。何年ぶり、かな」
スーツを着た、背の高い青年。
でも、私の知っている幼馴染がそこに立っていた。
「久しぶり」
言いたいこと、話したいことはお互いに多分、たくさんあるのだろう。
けれども、最後に言葉を交わしてからの時間が二人の間に、沈黙という見えない壁を作り出し、気まずい雰囲気を流す。
「一瞬、あお君って気が付かなかったよ。スーツ着てたし、雰囲気も違うし」
先に口を開いたのは私。
あお君とまたこうやって会うことができたのに。
沈黙が続いて何から話をしようかと探してしまう。
「そうかな。そうだよね。」
なんとも煮えきらない返事が返ってくる。
「それよりも、こっちに帰ってきてるんだったら、ひと言連絡ぐらいあってもいいんじゃないの?」
やっと言いたいことが、思っていたことが口から飛び出た。
「まあ、色々とあってね」
これまでと何も変わらない。
明確な答えを避ける癖はどこかあお君らしさを思い出させる。
「あお君っていつもそうやって……私がどれだけ君のことを待って」
熱くなった思いはいつはち切れるかわからない。
けれども、それは今ではないことに気が付き、私は口を閉じた。
「翠鳥?」
「ごめん。言い過ぎた」
今はその時じゃない。
今日会えたのはたまたまで、また、しばらく会えなくなるかもしれない。
「なんか、ごめんな。いつも翠鳥には黙って勝手にいなくなって」
そんなこと、昔からずっとだから今更慣れたことだと思っていた。
けれども、こうして言葉にされるとどうしてか言い返す言葉が見つからない。
普段は両手では数え切れないくらい言いたいことがあると言うのに。
「ねえ、このあとさ、」
「なあ、このあとだけど」
私があお君に声をかけようとしたタイミングで、あお君の声とバッティングしてしまった。
しまったと思ったが、私が最後まで言葉を続けた。
「このあと、時間ある?」
ちょうどあお君も同じことを思っていたようだった。
「ここだとあれだから夜ご飯でも食べながら話しよ」
夜八時を過ぎているが、夜ご飯はまだ食べていない。駅前は繁華街まではいかないものの飲食店が並んでいる。居酒屋はもちろん、ラーメンや焼肉、回転寿司、少し離れたところにはカラオケやダーツのある複合施設がある。
適当にではないが混んでいないお店をふたりで探す。あお君が前を歩きその後ろを私がついて歩いていく。仲がいいとはいえ久しぶりに会った友達とはどこに行くのがいいのだろうかとか考えながら前を歩くあお君を後ろから見ていた。
ここでどう? と、あお君が振り返り声をかける。そのお店はラーメン屋。最近ラーメンを食べてなかったので私もいいよ、と返事をした。店内はカウンター席がほとんど満席で、机の席がいくつか空いている感じ。店員に案内されて4人がけのテーブル席に案内された。私とあお君は対角線になるように座ってメニュー表を眺めていた。
しばらくの沈黙の後、あお君はメニューが決まったらしく、スマホを取り出していじっていた。私も注文が決まったので、オーダーのチャイムを鳴らして店員が来るのを待つ。私は五目ラーメンに餃子のセットを、あお君は豚骨ラーメンに餃子とチャーハンのセットを注文した。店員がメニューを確認して、厨房の方に戻っていくのを確認するとあお君が話しだした。
「そういえば帰りの電車で花火大会のポスター見かけたんだよね」
私は一瞬あお君が何を言っているのか理解が追いつかず、頭の中が真っ白になった。
「それでさ、昔、翠鳥と一緒に花火を見に行きたいって話をしたなーって思い出して」
ここまで言われて私の理解が追いついた。そう言えばそんな事もあったなあと思い出した。
「そんな事もあったね。だいぶ昔のことなのに。忘れてなかったんだ」
冗談半分。でも、あお君と会っていなかった時間は思った以上に長く、会えたとしても忘れられているとばかり思っていた。だから、あお君から花火のことを言われると思ってなく、動揺していたんだろう。
「忘れるわけないじゃん。翠鳥じゃないんだから」
あお君は返事をする。私じゃないからってどういうことだろう? 少しだけ嫌味を言われたような気がしたが、話を続ける。
「高校は別々でお互いに忙しかったし、そのあとだって君はこっちにいなかったし。私が何年待っていたと思っているの!」
お酒は注文していないはずなのに、珍しく言葉に熱が入っていた。コップの水を飲んで一度冷静になる。
「ごめんって。でも、翠鳥のことだからてっきり、他の人と花火とか見に行ってるのかなって思って」
自分のコップに水を注ぎながらあお君がそう言い返す。
「ん?高校は部活してたし、その後もなんだかんだ休みの日に遊びに行くような友達いなかったからね。一人で見に行こうかなって思ったことはあるけど、だったら動画でもいいかって全然見に行ってないよ」
ふーん、とあお君は相槌を打って何も言わない。
「そういうあお君は?彼女とか、男友達とかと花火行ったりしなかったの?」
バレてしまったことはしょうがないと私は会っていない頃のあお君について探りを入れてみた。
「彼女なあ。居たよ。もう別れたけど。大学のときに。でも、一緒にゲームしたり、ボウリング、ダーツって感じの子だったからなあ。花火を見に行くなんてなかったなあ。高校の時は陸上部のみんなで東京の花火大会見に行ったことならあるけど。それくらいかな」
そんな大したことじゃないと言った感じで語るあお君。彼女がいたなんて聞いてなかったし、それに驚いた。確かに背も高くて、見た目も悪くない。大学にいる間、髪を染めていたんだとしたら彼女の一人や二人いてもおかしくないのかもしれないと納得してしまう。
「へえ、あお君にも彼女いたんだ。初めて聞いた」
これをショートメッセージで送るなら半角カタカナしかないよね、みたいな声が出てしまった。あお君も何かを察したらしく、彼女の話題から変えようとしてくれる。
「それでさ、これなんだけど」
とあお君がスマホの画面を差し出す。画面には地元の花火大会のサイトが表示されている。
「よかったら、翠鳥と一緒に見に行きたいなって思って」
私は自分のスマホで花火大会のサイトにアクセスする。今年の花火大会は7月10日の土曜日に行われると載っていて、過去最大となる三万発の花火が打ち上げられると書かれている。
「他に予定も無いはずだからいいよ」
手帳を見てその日に何も予定が無いことを確認して私はあお君にそう伝える。
「細かいことはまた今度でいい?」
そう言うとあお君はショートメッセージのアプリのコードを私に見せる。
「これだったら電話もメッセージもできるから便利でしょ」
現代において必須とされえいるコミュニケーション手段だ。私もあお君の連絡先を知っていることはこの先のことを考えたら良いことのほうが多いと思いあお君と連絡先を交換した。よろしく、とスタンプが送られてきたので私もよろしくと送り返す。
そんなやり取りをしていると店員がラーメンとセットの餃子を運んできた。それぞれ注文したものを食べると会計を済ませ、お店を出た。
美味しかったねとあお君と駅の方に戻りながら話をして、その日は解散。
帰宅した私は今日起きたことを頭の中で整理しながらこれは現実なのか?とベットに突っ伏し、気がついたら寝落ちていた。
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