エピローグ(7)
「そ――――」
苦笑いのジュリアンを見下ろしながら、私は反射的に口を開いていた。
だけど、「そ」の続きはすぐには出ない。
『その通り』? 『そんなことはない』? あるいは、『それを自分で言う!?』?
頭の中には、いくつも候補があったというのに――。
「…………そうなの?」
たっぷりの間のあとで私が口にしたのは、考え得る中でも最も間の抜けた返事だった。
「私、ジュリアンのことが好きなの? これってそういうことなの?」
ジュリアンが私にとって特別かどうかと聞かれたら、それは別に否定しない。
彼は私の幼なじみで、多分一番親しい友人で、兄姉の後始末に駆け回る同志。互いのことはよく知っているし、信頼しているし、気を許している自覚もある。
ジュリアンに抱く感情が、家族へのものと違うこともわかっている。
どんなに親しくたって彼は他人。家族のように接することはできない。
顔が近づけばぎくりとするし、真正面から見つめられれば戸惑いもする。私の知らない表情に、動揺だってさせられる。
だけど、これが『好き』という感情かと聞かれると、私には答えられなかった。
だって私は、姉のように相手を求められない。王太子の婚約者になるため、聖女を目指した姉と違って、家のための結婚を受け入れている。
ジュリアンもきっと、卿のように身分を捨ててまで相手を追いかけられないだろう。ぐちぐち言いながら王太子を受け入れて、要領よく立派な王になってしまうのだ。
多少は寂しさを感じるかもしれないけれど、それでおしまい。それで互いに、やっていけてしまう。
物語で見るような情熱なんてほど遠い。
この感情を、それでも恋と呼べるのだろうか?
……自分では、よくわからない。
「…………リリア、君さあ」
よくわからない私を、ジュリアンが見つめる。
苦笑する彼からは、少し前までの緊張した気配は薄れていた。
代わりにいつもらしい気安さで、彼は唐突にこんなことを言う。
「一か月前、テオドールを油断させるために僕が魅了にかかったふりをしたときのこと、覚えてる? 王宮の外れで、ちょうど君とばったり出くわしたやつ」
「……それは、まあ」
覚えている。
私がテオドールに声をかけていたとき、姉がジュリアンを引き連れてやってきたのだ。
姉の後ろで、ジュリアンは姉の髪を梳いていた。親しげな手つきに甘い表情は、まさに恋人に接する態度そのもの。他の男性陣の態度には若干のわざとらしさがある中で、この男、手慣れたものだと失礼にも思ったものだ。
「じゃあ君、あのとき自分がどんな顔をしていたかは気付いてる?」
「私の顔?」
いきなりなにを聞くのかとは思いつつ、私は反射的に当時のことを思い返す。
たしかジュリアンが私に気付き、急に素に戻って髪を梳く手を止めたのだ。
自分の表情は思い出せないけれど、そのときの彼の顔ははっきりと覚えている。
私に向ける驚き戸惑ったような表情に『どうしてそんな顔をするのだろう』と思っていた。
こういうときに演技を忘れるなんて彼らしくもない。私の方が驚くほどの、珍しい失態だった。
その理由を、彼は今になってようやく打ち明ける。
「君、傷ついた顔してたんだよ。僕が演技だって、知っていたはずなのに」
だから驚いていた。
だから彼は戸惑い、声をかけようとして、私一人を残すことをためらった。
――ああ、そう。…………だから。
だから姉は、私を侯爵家の後継ぎから外したことを、『私のため』なんて言ったのだ。
あのとき私の顔を見ていたのは、ジュリアンだけではないのだから。
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