エピローグ(6)

 部屋には沈黙が下りていた。

 私はなにを言えばいいのかわからない。ジュリアンは、たぶん私の返事を待っている。

 きっとこのまま、一時間でもまる一日でも待ち続けるのだろう。

 いつもは飄々として掴みどころがないくせに、今の彼にはそう思わせるだけの雰囲気があった。


「――――――ええ、と」


 気まずいのかさえもわからない、奇妙な沈黙のあと。

 耐え切れずに声を上げたのは私だった。


 こんなとき、どう答えればいいのかわからない――なんて殊勝なことを言うつもりはない。

 社交界に出れば、物好きな人間の一人や二人はいるものだ。

 あるいは、ベルクール侯爵家の婿養子の座に惹かれたのか。どこまで本気かわからないけれど、私に声をかけてくる男性がいなかったわけではない。


 軽くあしらう方法は心得ている。

 相手の機嫌を損ねず、煙に巻くようなしゃれた言い回しも覚えている。

『可憐な令嬢』としての答え方は、いくらでも知っているはずなのに――。


「…………それ、王家を抜けるよりも、私に言う方が先じゃない?」


 どうしてこんなことを言ってしまうのか。

 可憐もへったくれもあったものではない。


 あったものではないとわかっているのに、口から出るのは可愛げのない言葉ばかりだ。


「今までそんな素振り見せてなかったじゃない。それで、私が断ったらどうするつもりだったのよ。ジュリアンがその話をしたときには、もう誰か結婚相手を見つけていたかもしれないのに」


 そうなったら目も当てられない。ジュリアンとしては先に障害を取り除いておきたかったのだろうけれど、手遅れになる可能性も十分あったはずだ。

 その結果、ジュリアンは王家を抜けても行き場がなくなり、私は――。


 ………………。

 ………………。

 ………………。


 私は?


「素振り、かなり見せてきたはずなんだけどな…………」


 私は――の先が浮かばない私の耳に、ジュリアンの恨めしげな声が届く。

 はっと我に返って視線を向ければ、目に入るのは声と同じだけいじけた顔のジュリアンだ。


 一瞬、その顔の近さにぎくりとする。

 ジュリアンと顏を突き合わせて話をすることなんて珍しくもない。熱が入れば前のめりに、内緒話であれば顔を寄せ、互いに肩がぶつかるほどの距離で言葉を交わすことだってあったのに。


 なのに――今さら。

 今になって、目の前のジュリアンをどう見つめればいいのかわからない。


「兄様とルシアのことが落ち着いてからにしようと思ってたんだよ。だって、そうでもないとリリアはぜんぜん自分のことに目を向けないじゃん」


 そんな私に気付いているのかいないのか、ジュリアンは不貞腐れたまま私の顔を覗き込む。

 小首を傾げ、口を曲げ、さらに前のめりに。

 不機嫌そうな――見透かすような目に私を映しながら。


「それに、僕は自分のことは心配していなかった。君に断られるつもりはなかったし、君の結婚相手が見つかるとも思ってなかったよ。問題は、君がまったくの無自覚だったことだけ」

「む、無自覚……?」


 戸惑う私にジュリアンが頷く。

 頷いて、だけどそれから少しの間。未だピンと来ていない私を見つめ、一度だけ視線を外して考えるように目を伏せ、悩ましげに眉根を寄せ――――。


 最後に、ひどく苦々しく息を吐いた。

 それはもう不服そうに、すっかり諦めたように、呆れも通り越し、半ば苦笑交じりに。


「だって君、僕のこと好きでしょ」


 そう言って、私を映す目を細めた。

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