エピローグ(5)

 ぽかんと呆けるのは、今度は私の番だった。

 一瞬、言われた言葉の意味が理解できない。前のめりのジュリアンを見つめたまま、私は言葉を咀嚼するように瞬きだけを繰り返す。


 ――王太子妃?


 とは、王太子の妃のことだ。それはわかる。

 王太子とは、今のフィデル王国においてはジュリアンのこと。妃はその妻を示す言葉だ。


 つまり、王太子妃とはジュリアンの妻。

 それをジュリアンは、『私に任せたい仕事』だと言ったのだ。


 それは要するに、どういうことなのかというと――。


「…………好きな子がいるんじゃなかったの?」


 どういうことか、さっぱりわからない。

 いったいなにを言っているのだ、と私は眉間に思い切り皴を寄せた。


「さっきまでしていた話はなんなのよ。王家を抜けてでも結婚したい相手なんでしょう?」

「君のことだよ」

「それだけ好きな子がいるのに、なんで私と――――え」


 え。


 …………。

 …………。

 ……………………え?


「今までの話、全部君のことだよ」


 え、と目を見開く私に、ジュリアンはにこりともせず言った。

 冗談を言っている様子はない。嘘を吐いているようにも見えない。

 鈍感だなんだと言われたけれど、これでも感情を察するのは得意な方。いくらなんでも、今の彼を見ればわからないはずがない。


 揺れる瞳。強張った頬。視線は私を捕らえたまま、わずかも逸らさない。

 まっすぐに私を見つめるジュリアンは、どこまでも真剣で、本気だった。


「僕が好きなのも、結婚したいと思っているのも、君だよ――リリア」


 ジュリアンの瞳に、私の姿が映っている。

 二人きりの静かな部屋。遠く、鳥の鳴き声を聞きながら、互いに口をつぐむ一瞬。


 深い、紫の彼の瞳の中で、ぎこちなく瞬く私自身の感情は、だけど自分でもわからなかった。

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