一年前の再演(15)
――そもそもの話。
私がか弱いなんて、いったい誰が言い出したのだろう。
たしかに、私は姉に比べて『性格的には』大人しい。
ところかまわず自分の意見を主張しないし、場をわきまえて口を慎むことも多い。
意図して可憐な令嬢の振る舞いもする。人前で体力自慢をするような、はしたない真似もしない。
だけど、虚弱だなんて言った覚えは一度もなかったはずだ。
顔色が悪いのは、単にストレスをためているせい。
飲んでいる薬は胃薬だけ。怪我も病気もしたことがない。風邪を引いた記憶すら、物心ついたときから遡っても片手で数えるほどしかない。家族全員が流行りの風邪に倒れたときも、私一人だけピンピンしていたほどである。
私が病弱な母から受け継いだのは、せいぜいすぐに痛む気の毒な胃くらいだ。
はっきり言って、体力にはかなりの自信があった。
だいたい、そうでもなければ毎日のように問題を起こす姉の後始末などできるはずもない。
姉が問題を起こしたと聞けば飛んでいき、真偽を確認するためにあちこち走り回り、必要とあらば謝罪のためにどこへだって駆けつける。
こんなの、どう考えても体力勝負に決まっているだろう。
姉の追放後は、人手不足の中で激務の日々。城の人々はみんな、忙しなく働く私の姿を見ていたはずだ。
大量の資料を一人で運びながら、王宮を走り回る筋力。
何日も泊まり込みながら、顔色に出ない頑丈さ。
人の気配を感じ、すぐさま身だしなみを整えられる反射神経。
これで、どうしてみんな私のことを『触れれば折れるような虚弱な令嬢』などと考えていたのだろうか。
「――――どけ! 邪魔だ!!」
私に向かってまっすぐに駆けてくるテオドールを見ても、私は動かなかった。
どうせこうなることは、最初からわかっていた。この手の小人物が潔く捕まるわけがないのだ。
後先考えず、逃げ出そうとするに決まっている。逃げる先は考えるまでもなく、『一番逃げやすそうに見える場所』だ。
一番わかりやすい出口。一番人の少ない経路。一番、自分でも勝てそうな相手のいるところ。
だからこそ、私はこの立場を選んだのである。
だって今日、私はここでなにをしただろう。
テオドールを追い詰めるのはジュリアンの役目。とどめを刺すのはリオネル殿下の役目。姉を救うのはヴァニタス卿の役目。その後、捕らえられたテオドールに処罰を下すのは、隣国オルディウスの役目だ。
これでは、私の果たす役がない。
今日この日のために、私は胃を痛めながら人を配置した。
テオドールが喜ぶように魅了を広め、テオドールがほくそ笑むように孤立して、最後はいい気分のテオドールに糾弾される。
それで私の役目は終わり。あとは黙って見ているだけ。さんざん私の胃を痛めつけた男を、それだけでオルディウスに引き渡すなんて、そんなの――――。
そんなの、あまりにも癪ではないか。
「どけぇええええええええええ――――――えっ」
テオドールの手が私を掴む寸前。
びたん! と大きな音がして、テオドールが前のめりに倒れた。
大広間に、一瞬の奇妙な沈黙が流れる。
頭から倒れたテオドール。周囲で慌てふためく人々。私を守ろうと走り出していた兵士たち。
ジュリアンを除く誰もが呆気にとられた表情で――。
我ながら涼しい顔でテオドールの腕を躱し、反撃とばかりに足を引っかけて転がした、『虚弱で可憐な令嬢』を見つめていた。
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