一年前の再演(13)

 私たちはずっと、『オルディウスへ送った使者』が戻ってくるのを待っていた。

 使者がテオドールについての情報を掴んでいたなら上々。今回の件を正しく報告してくれるような、オルディウス側の人間を連れ戻ったなら、なおありがたい。それが後継者たるリオネル殿下だったのは、思いがけない幸運だったというだけ。


『使者のヴァニタス卿が来てくれるだけでも十分』だとジュリアンは言った。

 それはまさしく言葉通り。

 私たちが待ちわびていたのは、他でもないヴァニタス卿そのものだったのだ。




「――――あ」


 姉の瞳が卿を映す。

 そのまま、姉は時が止まったように動かなかった。


 あふれ出る魔力も、吹き抜ける風もない。

 大広間には、息詰まるほどの静寂が満ちた。


「あ、ああ…………」


 卿の言葉に従い、ライナスが姉を押さえつけていた手を離す。

 まだ怒りを顔に残したまま、忠実な騎士は一歩、二歩とわきまえたように距離を取る。


 代わりに歩み出るのはヴァニタス卿だ。

 伸び放題の髪に無精ひげ。かつての面影のほとんどない、苦労のにじむその顔を見て、だけど姉は息を呑む。

 瞬きさえも忘れたように、姉は卿を見つめ続ける。


「…………殿下」


 そうして、消え入りそうな声でつぶやいた。


王太子殿下…………?」


 フィデル王国第一王子、フレデリク。

 それは今より一年前、国民から慕われ将来を期待されていた、強く優しい王太子の名前だった。




「殿下……? あれ、だって王太子は……テオドール様は……あれ……?」


 姉は困惑したように、背後のジュリアンへ振り返る。

 そのままテオドールを見て、もう一度ヴァニタス卿に視線を戻すと、彼女は怯えたようにくしゃりと顏を歪ませた。


「だって王太子は殿下で……どうして殿下がそんなところに……? そのお姿は、どういう…………」

「――お姉様」


 差し出がましいとは思いつつ、私は黙っていられず口を開いた。

 ばつが悪そうに目を伏せるジュリアンに、無言を貫くライナス。ゆっくりと姉へ歩み寄るヴァニタス卿。

 姉によって大きく未来を歪められた三人を一瞥してから、静かに長く息を吐く。


「フレデリク殿下は――フレデリク様は、廃嫡されたのです」


「…………はい、ちゃく?」


「自ら望まれたのです。お姉様の責任を、少しでも肩代わりするために。――お姉様の処遇を、国外追放だけで済ませるために」


 瘴気満ちるフィデル王国が成立するのは、魔術師の存在があるからだ。

 魔術師は国の柱。


 魔術師団を壊滅させた姉は、多くの人々から反発を受けていた。

 罪を問い、償いを求める声があった。

 罪人にと望むいくつもの声を、フレデリク殿下が自らを処罰することによって封じたのだ。


 すべての責任は己にある、と。

 王太子の地位も、王族としての地位も捨て――この国でもっとも危険な辺境で、過酷な魔獣討伐の任を担うことによって。


「わた……しの……ために…………」


 こぼれるような、姉の声が響く。

 正気を失った瞳が揺れる。

 思い出したくないことを、思い出そうとするかのように。

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