一年前の再演(2)

「ど、どういうことでしょうか、テオドール様。私が王太子と婚約……?」


 姉の見開いた目にテオドールが映る。

 テオドールは笑みを浮かべたまま。姉の頬に手を添えたまま。

 恋人のような態度を崩さないテオドールに、姉は心底困惑したように瞬いた。


「あ、ああ、ご冗談でしたか? そ、それとも私の聞き間違いでしょうか。そんなはずはありませんものね。私が、テオドール様以外の誰かと結婚するなんて――」

「冗談ではないよ、ルシア。これは、僕と君の未来のために必要なことなんだ」


 だけど縋るような姉の言葉を、この男はためらいなく切り捨てる。

 揺れる姉の瞳にも、眉一つ動かさずに。


「君はこの国で王太子妃になり、王妃になるんだ。そうして王も貴族も支配して、君はこの国に君臨する。君の力があれば簡単だろう?」

「て、テオドール様……? それでは、私とテオドール様とはどうなってしまうのです……?」

「僕と君との関係は、なにも変わらないよ」


 頬に添えていた手を下ろし、テオドールは姉の肩を両手で掴む。

 そうして、しがみつく姉の腕ごと強引に剥がすと、諭すように姉の顔を覗き込んだ。


「君は変わらず、僕の言うことを聞いていればいい。それで、なにもかも上手くいくんだ」

「…………で、でも、ですが、私は……」

「今日の君は、ずいぶんと聞き分けが悪いな。いつもはもっと素直だろう?」


 困惑したまま頷けない姉を見て、テオドールは困ったように苦笑する。

 首を横に振る姿は、幼い子どもの我儘に『まいったな』とでも言いたげだった。


「悪いけど、君を説得している時間はないんだ。どんな邪魔が入るかわからないからね」

「テオドール……様……」

「君が頷かなくても、ここにはフィデルの王太子や重臣たちがいる。婚約の承認を得るには十分な人間たちだろう? ――いや」


 言いながら、テオドールは姉から視線を移動させる。

 向かう先は、少し離れて壇上に立つジュリアンだ。


 無言で二人を眺めていたジュリアンを目に留め、テオドールはふっと笑みを吐く。


「今度は婚約を破棄されないように、今すぐにでも結婚をしてしまおう。そうすれば、もう簡単には引き離せない。君はフィデルの支配者になり、フィデルは僕のものになるんだ」


 その笑みが、次第に大きくなっていく。

 しんと静まり返った大広間。誰もが口をつぐんで見守る中で、テオドールはひときわ大きな声を響き渡らせた。


「フィデル王太子ジュリアン。君もルシアが欲しいだろう? 今すぐ結婚したいだろう? ――さあ、ルシアを手に入れる好機だ。今すぐに結婚を宣言しろ!」


 視線がジュリアンを射抜く。

 魅了に染まり、今や姉の取り巻きとして名を馳せ、姉が欲しくて欲しくてたまらないジュリアンは――。


「えっ。嫌だけど」


 迷いもためらいもなく、むしろ若干引き気味に答えた。

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