姉、居座る(4)

「私は、二人を即刻追い出すべきだと思っています」


 そう訴えるライナスの横顔には、静かな激情が浮かんでいた。


 かつて国を荒らした姉への怒りは、一年たった今も冷めることがない。

 むしろ、再び姉が戻ってきた今、その怒りはさらに強くなっているのだろう。

 ジュリアンを見据えるライナスの気迫は、傍で見ている私もたじろぐほどだった。


「……それができれば簡単なんだけどね」


 だけど、その気迫を前にしてもジュリアンは難しい顔だ。 

 顔をしかめて腕を組み、どことなく重たげな息を吐く。


 ――まあ、そうよね。


 ジュリアンは、もちろんライナスの気持ちを分かっている。

 国外追放されながら反省の色もなく、隣国皇子を連れて騒ぐ姉を見て、どうやって怒りを鎮められるというのだろう。

 自分がしでかしたことの重さもわからず、むしろフィデル王国が悪かったという態度を、どうして受け入れられるというのだろう。

 せめて遠く見知らぬ地で生きているならよかったものを、再び王宮に戻って悪びれない姉を、許せるはずなどないのである。

 姉へのライナスの怒りは、私もまた痛いほどよくわかる。


 だけど問題は、その姉が連れている『隣国皇子』の方なのだ。


「オルディウスの皇子の訪問は、一応正式なものなんだよ。急な話ではあったけど、正規の手順は踏んできた。事前に連絡もあったし、こっちも賓客対応はしないといけない」


 腕を組んだまま、ジュリアンは思い出すように説明する。

 この辺りの話は私も初耳だ。話を聞く前に、ライナスが来てしまったせいでもある。


「目的はよくわからないんだけどね。『貴国にとって重要な話がある』とだけ。だけど相手は隣国の皇子だ。オルディウスは大国で、敵に回したくない国でもある」

「…………」

「ルシアは、その皇子の正式な共だ。従者と聞いているけど、どうもあの感じだとそれ以上の関係に見える。……下手なことをしたら、あの皇子は黙っていないだろう」


 姉一人であれば、ライナスの言う通り追い出すこともできただろう。

 そもそも姉は国外追放をされた身。この国にいることの方が不当なのだ。

 こちらとしても自国の問題として姉の対処をすることができる。


 だけど、ここに隣国の皇子が絡むことで事態は複雑になっていた。


 ジュリアンの言う通りなら、姉は隣国皇子テオドールの従者。

 実際の関係はわからないけれど、とにかく名目上、姉は隣国に所属していることになる。


 その姉の処遇を、主人であるテオドールの許可なく行えばどうなるか。

 下手をすれば、内政干渉と取られかねない。

 こちらにも言い分はあるけれど、相手にそう主張させる余地を作ってしまうのだ。


「だから、まずはテオドール皇子の言う『重要な話』を聞きださないといけない。彼がどうしてルシアを連れていて、なんの目的で王宮を訪ねたのか。そこを確かめる前に、下手な手段は取れないんだ」

「…………」


 ライナスは口をつぐみ、かすかに目を落とした。


 ライナスは武人であるけれど、けっして武だけの人間ではない。ジュリアンの言い分は理解できているはずだ。

 それでも、彼はこぶしを握り締めたまま頷かない。


「ですが、殿下……!」


 未だ納得できないと言いたげに、ライナスは食い下がる。

 彼は姉を目にしたばかり。怒りはそう簡単には静まらない。

 理性よりも感情が上回っている今の彼に、理屈で納得させるのは難しかった。


 そして、ジュリアンはそれを見抜いている。

 口を挟まず隣で見ていた私に、彼はちらりと目くばせをした。


 また無茶ぶりをしようというのである。

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