姉、戻る(4)

「私のお姉様がごめんなさい。ええ、わかっているわ。あなたはなにも悪くないってこと」


 そう言って、傷ついた令嬢を慰めたのは一度や二度ではない。


「お姉様が無礼なことをして、本当にごめんなさい。私がお姉様に代わって謝ります」


 姉に怒る令息たちには、何度頭を下げて回ったかわからない。


「いつも姉がご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません。次からは、こんなことがないように言い聞かせますから」


 詫びの品を持って魔術師たちの間を駆けまわるのは、もう日常になっていた。




 バークリー侯爵家は、私と姉の二人姉妹。

 兄弟は他になく、病弱な母は領地を離れられない。

 父は領主として多忙であり、病弱な母への心配もあって、ほとんど王都へ出られない。

 王太子の婚約者として王都で暮らす姉のやらかしの後始末をできるのは、同じく社交のために王都へ出た、まだ十七歳の私だけだった。


 これまで、どれほど姉を諫めたかは覚えていない。

 もう少し言葉に気を付けるように、態度を改めるように、よく周りを見るようにと言っても、だけど姉は聞きもしない。

 失敗してはいけない場所、気を付けなければならない相手、口を挟むべきではない場面。どんなに忠告をしても、姉は自分が正しいと思うことを優先した。


 いつ、どこでやらかすかわからない姉の目付のために、私はいつしか、姉の行く先々についてまわるようになった。

 姉の参加する茶会には私も潜り込み、姉が招かれたパーティにも『一緒に行く』と無理にでも姉についていく。

 茶会やパーティ会場では姉にぴったりくっついて、姉が余計なことを言いそうになるたびに強引に自分の話題に持って行った。

 人前で姉を諫めざるを得なかったことも何度もある。


 それでも姉の失態を止められないとわかると、もうできるのは、姉を社交に参加させないようにすることだけだ。

 失敗の許されないパーティの案内は、姉に見つかる前に隠した。難しい相手が主催の茶会は、嘘をついてでも姉を遠ざけた。どうしても外せない社交は、姉の行動を大目に見てもらえるようにと、できるだけ多くの参加者に根回しをした。


 泣き落としもした。同情を買うような言い方もした。時には嘘だって口にした。

 姉の代わりの申し訳なさそうな表情。しおらしい態度。切実な声の出し方も覚えた。

 姉の尻拭いをするうちに、相手の懐に潜り込み、怒りをなだめる手練手管ばかりが上手くなってしまった。


 おかげで世間での私の評判は、『姉とは真逆の謙虚な令嬢』だ。


 同じ家の娘なのに、一歳しか違わないのに、どうしてこんなに違うのだろうと言われ続けた。

 我の強い姉と比較して、よく気のまわる大人しい令嬢だと思われた。


 姉とは違って、小柄で色素が薄い容姿のせいもあるのだろう。赤というよりは淡いピンクブロンドの髪に、日に焼けない白い肌。ストレスのせいで優れない顔色も、大人しい印象に拍車をかけたのだと思う。


「あんなお姉様がいて大変ね」

「君は良い子なんだけどな」

「か弱い妹に苦労をかけるなんて、まったく困った姉だ」


 姉の周囲の人たちから、何度そんな言葉をかけられたかわからない。

『気弱で虚弱な妹』は、人々の同情の的だった。


 領地にいる両親も、私の負担が心配だったらしい。手紙で頻繁に近況を聞き、時間を見つけては王都に来た。

 そうして、「リリアから聞いたが――」と姉に言動に気を付けるようにと注意を促してくれた。



 それが、どうやら姉には気に食わなかったらしい。




「――――私のために? ご冗談を」


 殿下の問いに、姉は冷たい笑みを浮かべた。

 その視線は、殿下のさらに後ろ。

 殿下の影に立つ、私をぴたりと見据えている。


「リリアは自分のために――――私から『奪う』ために駆け回っていたのでしょう? 私の友人たちも、両親の愛情も――殿下の婚約者の地位も」


 …………。


 姉の確信に満ちた言葉に、私はため息をついた。

 もちろん違う。

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