第53話 大師匠 その9

 さて。この場所はエルドラ大陸の奥地にひっそりとと佇む隠れさと


 と、言うのはいささか突っ込みどころの多いこの場所は、知の賢者ポージー=メイフィールドが数千年の時をかけて再現した『現代日本』……であった。


 姿かたちこそ、この世界に存在する住居や景観を基にして作られているが、そこに再現されているのはまさしく『現代科学』であった。


 俺は、次の日の朝。その全貌をまじまじとその目で見ることとなる。


「どうだ?いかんせんウン千年も前の記憶が基だ。多少異なる所もあるだろうが、なかなか良く出来てるだろ?」


 目の前に立つのは二十歳そこそこの女性。赤い髪に太くつり上がった眉、美人と言うよりはチャーミング。そんな彼女が、いかにもやんちゃそうな好奇心に満ちた目を俺に向けていた。


 彼女こそが知の賢者と呼ばれるポージー=メイフィールドである。


 しかし、なんと答えていいのやら……。俺は呆気にとられるばかりでどうにも言葉が出てこなかった。


「おや? あんまりだったかい?」


「いえ、そう言うんじゃ無くて……。懐かしさに涙が出てきそうです……。」


 それは、俺の気持ちのありのままだった。数千年前の記憶を取り戻してもケロッとしていた俺が、どういう訳か、たかだか二十年前に見た景色に涙をこぼしていた……。


「涙まで流してくれるとは嬉しい限りだな。先日エイドリアンにも聞いたんだが彼女にも好評だったんだ。」


 さも満足そうにポージーが言った。


 そう言えば、当時からこの人は物の仕組みだとか世界の成り立ちに人一倍興味を持っていた……。そんな彼女もまた、前前前世ではエイリンや他の魔王達と共に初代の魔王に立ち向かった仲間の一人である。


 しかし、当のポージーはと言うと、そんなこと何を今さらと言った様子である。


 俺の記憶が戻ったと伝えた時も――


 「いや、無理をしなくても良い。確かに過去の私達に面識はあったけれど、数千年も前からじゃぁ初対面と同じだよ。私は他の人達とは違って君にクオン君を求めていないからね。むしろカイルのままの方が都合が良い。」


 そう言ってくれた。


 言葉から他の魔王達とは違った。


 彼女は俺達転生者の過去と現在の隔たりを良く理解してくれている。そう言ったところは、やはりこの人も転生者なのである。


「それは俺も助かります。やっぱりカイルのほうが馴染んでますし。」


「だろう? 君が転生者ならそう言うと思ったよ。と言うかだ――そんな事よりも、君にはもっとこの箱庭を見てほしいのだ。そして意見を聞かせてくれ――。」


 それにこの人は、どうやら俺の記憶……(この世界の過去)よりも今現在と未来にしか興味が無いらしい。


「電気、ガスはもちろん。自動車や船舶。その他色々と思いつく物はできる限り再現したつもりだ。ただし半導体の作成に必要な薬剤などは、大きなプラントが無いとどうしても手に入らん。だからスマホなどは無いぞ。」


「いや、凄いです。これら全てをお一人で?」


「まぁ、時間だけはたっぷりとあるしね。でも……その都度こちらの人々にも手伝ってもらうことはあるよ。流石に乙女の柔肌で鉄鋼などの重労働は無理だから……。まぁいわゆる虚仮こけの一念ってやつさ。それに……私はどうしても確かめたかったんだよ。この世界にも地球と同じ様な科学が再現出来るのかどうかってのをさ。」


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