第16話 飛竜 その7

 だったら仕方がないよな。可愛い妹がどうしてもって言うんならやってやらない事もない。っていうかやってやろうじゃないのよ。


 え?何だかさっきまでと態度が違うんじゃ無いのって?


 バレてしまいましたか?


 突然、手のひら返してごめんなさい。


 いやね。この妹が連れてきちゃったドラゴン……いや正確にはワイバーンか。こいつが、よく見ると見た目ほど強そうじゃないなって……。何だか、俺達二人でやったら勝てそうだなって……。そう思ってしまったわけです。



 だって、俺がイメージしていたドラゴンっていうのはね。ティラノサウルスみたいな恐竜に羽が生えた感じで、取り敢えず見上げるぐらいにでっかいのを想像してたから。


「ねぇ。ドーマさん。このワイバーンってやつちょっとイメージより小さくないですか?」


 俺は思わず振り返ってドーマに聞いた。「ワイバーンって、こいつなの?」みたいな感じで。


「ええ。ワイバーンはドラゴン種の中では比較的小さい部類ですね。それにブレスもありませんし。でも侮らないほうが良いですよ。身体が小さい分だけ小回りも効きますし、スピードもあります。それに群れで現れれば国を滅ぼすことだってあるのです。」


 確かに、このワイバーンってドラゴンは大きな生き物ではあるけれど巨大な……って感じでは無い。正直ドーマには侮るなと言われたけれど、あの黒き獅子の邪神テトカポリカのほうがよっぽど強そうだった。それにたった一匹だ。


 だから、俺は俄然やれると思ったわけです。



「なるほど……。じゃぁ妹が楽しみにして待ってるみたいだから、いっちょ戦って来るわ。」


 つまるところ勝てると分れば躊躇する理由は無いわけで……。俺は、レイラが連れてきたドラゴンモドキに向って全速力で駆け出したのである。


 もちろん、既に剣を構えてワイバーンと対峙しているレイラの顔が今まで以上にほころんだのは言うまでもない。


 空中を舞うワイバーンは、確かに手強い。上空に舞い上がっては爪を立てて急降下してくる、言わば3次元の攻撃は、地上を駆け回ることしか出来ない俺達人間にとっては非常にやっかいだ。


 でも、流石は俺の一番弟子のレイラ。その攻撃のことごとくを巧みに躱して、完全に弄んでいるようにも見える。


 俺は、少し拍子抜けした。おそらく強くなりすぎてしまった俺達にはドラゴンはこの程度なのだ。


「なぁ。お前一人でも倒せるんじゃないのか?」


 俺は少しバカらしくなってしまった。だって……あの竜の鱗を拾った日から、必死になって突き通してきた嘘八百の竜退治が、俺にとっても妹にとっても、こんなにもチョロくなってしまったのである。


 俺は抜いていた剣を鞘に収めなが言う。


「もう俺いらないだろ。」


 まぁ、正直言うと……張り切って出ていったわりには、いまいち見せ場のないこの状態に、俺はちょっといじけてしまっていたのだ。


 しかし、そんな俺の態度が妹は気に入らなかったようだ。


「嫌よ。絶対に嫌。だって、初めてのドラゴン退治はお兄ちゃんと一緒って決めてたんだもん。」


 あゝ……。この妹は、なんて真っすぐで、かつ勘違いしてしまいそうな小っ恥ずかしい台詞を言ってしまうのだろうか。思わず奮い立ってしまうではないか。


 だけど、やれやれだ。


 今更こんな余裕で倒せるようなドラゴンモドキを一緒に倒したところで何になる。そんな取って付けたような思い出作りなんて記念にもなにもなりはしないだろう。


 まぁでも、初めてはお兄ちゃんになんて嬉しいこと言われちゃったら、ここは兄としてレイラの希望は叶えてやるのが人情てもんだ。いや、是非とも叶えさせて下さい。


 だけどね。一方で剣術の師匠としての俺は……こんな茶番で満足するようじゃ困るなぁって思うわけ。


 だからって言う訳でもないのだけれど……


 でも、その時。なんで俺はそんな事を言ってしまったのだろうか……。ドラゴン退治だけでやめておけば良かったのに。俺はレイラに思わずこう言ってしまったのだ。


「仕方ない。夢にドラゴン退治とやらを手伝ってやるよ。でもドーマが言うにはこのワイバーンってやつは竜種の中でも最弱らしいぜ。だから今度は一緒にもっとデカいドラゴンを倒しに行こう。そして最後には『魔王』だ。あの『千年救敗せんねんきゅうはい先生』の様にさ。」


 思わず『魔王』なんて言っちゃったけど……


 まぁ、気にするな俺。その代わり最高の妹の笑顔が見れたのだから。それでいいじゃねえかよ。


 まずは、目の前のドラゴンモドキをどうやって地面に叩き落としてやるか、どうやって弟子たちに俺の格好いい所を見せるか……


 どうでもいい魔王の事など忘れて、今はそれだけを考えれば良いのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る