第73話 吸魔大法 その3

 気付が付けば、カイルは全く身動き一つ取れない状態で地面に仰向けに寝かされていた。


「お兄ちゃん!ねぇ、カイルお兄ちゃんしっかりして!」


 レイラの必死の呼びかけが、カイルには何だかとても遠いもののように思える。


 だが、しっかりしてと声をかけられているなら「自分はまだ死んではいない……」そう判断することが出来た。


 彼はもう……はたして自分は死んでいるのか生きているのか、それすらも自身で判断することが出来ないのだ。



 カイルは、傍らで泣きべそをかいているレイラを見て、初めて彼女に修行をつけた日のこと思い出していた。


 あの日……。トンボの数が数えられずに泣いていた幼い少女の姿はもうそこには無い。今のレイラはもう立派な大人になっている。


 しかしそんなレイラの姿を見て、どうにかして泣き止ませてやりたいと思うのは親心……いや兄心とでも言うべきだろうか。カイルはせめて微笑みかけてやりたいと思うのだが、そんな気持だけではもう身体をピクリとも動かすことはできなくなっていた。


 人は死ぬ寸前に走馬灯を見るという……。


 異世界転生したカイルが見る走馬灯は、はたしてこの世界の記憶だろうか。それとも……もともとのカイルの生まれ故郷、現代日本の記憶だろうか……。


 そんな疑問が、ふとカイルの脳裏をよぎる。


 しかし


 今、カイルの目に見えているのは、そのどちらの記憶でも無い。


 それは、父親に裏切られた少し悔しい記憶から始まった。次々と押し寄せる記憶は、他人の物のようでもありカイル自身のものでもある……。


 そんな不思議な記憶に戸惑いながらも、カイルが見たものとは……。時に悪漢に追われる娘を救う為、初めて人を殺めた時の記憶であり。はたまた、春の陽気の中で、美しい少女と共に目隠しをしながら琴の稽古をした日の美しい記憶。

 そして、目の前で繰り広げられる大乱闘……。褐色の麗人とその部下が、大きな剣を振り回す大男を相手に闘っている……。


 そして………。


 地下深い牢獄の中で、何年も何年も……その牢獄を脱出する技を修めるために、ただひたすら修行に明け暮れている記憶……。



 さて。


 ここまで来て、ようやくカイルは自分がでまかせに作った『千年求敗物語』を夢に見ていることに気がついた。


 カイルのこちら側での人生は、明らかに嘘とハッタリで塗り固められた人生であった。それはカイル自身も良く分かっている。


 しかし……


 死ぬ寸前に見る走馬灯まで嘘で塗り固められるとは、カイルも自分で自分に呆れ返る思いである。



 ただ。カイルにとって不思議なことは、最後の地下牢獄の記憶である。それが一つ引っかかった。なぜなら、カイルが作った『千年求敗物語』には、その様な地下牢獄の話しは出ては来ない。だが……。それも朦朧とした頭が勝手に作り出した嘘なのだろうとカイルは解釈した。やはりこの物語も、はじまりは嘘から始まっているのだから。



 再び、カイルの耳にはレイラの泣き声が聞こえてくる。そして、それと共に感じる不思議な浮遊感。


 カイルは嘘ででっち上げられた記憶の淵から、視線を眼下のレイラやエイドリアン達へと移した。そしてそこには地面に倒れている自分の姿も。


 これが世にいう幽体離脱なのだろうか。カイルにとっても自分の目で自分自身を空中から見下ろすのは、なんとも不思議な感覚だった。


 カイルは今。自らの死を受け入れようとしている。



 だが、納得の行かない事がある。



 エイドリアンは、邪神を再びドーマに封印すると言っていたが、再び邪神の魔力が高まって苦戦を強いられている。


 一方でレイラは俺の身体の横で泣き叫んでいるだけ……。完全に戦意喪失状態である。



 この通り……やはり邪神の前で、人間は無力であった。カイルが命をかけた事実も虚しく、邪神は今まさに復活を遂げようとしているのだ。





 さて、しかし。


 そんな光景を見てしまったカイルはといえば……もちろん黙っていられるはずがない。


 もしこのまま邪神が王都を滅ぼしてしまうならまだ良い。(いや。本当は良くない。)しかし、このまま邪神が復活を果たした後……もし間違ってレイラとエイドリアンが完全体の邪神を封印もせずに倒してしまったとしたら……。


 カイルの死は――


『THE 無駄死に』になってしまうのだ。

 

 そんな状態を瞬間的に危惧してしまったカイルは……。


「おい!お前ら不甲斐なさすぎだろうが!俺の死をもっと大事にしてくれよ。だいたい、俺が使った『吸魔大法』ってのはもともと未完成なんだ。大法は、その最後に魔力を内功(気の力)に変える『転換法』ってのを付け加えて完成する。名付けて『吸魔内功転換大法きゅうまないこうてんかんたいほう』ってやつだ。でも仕方が無いだろ俺はそれを知らないんだから。俺はやる事やったんだからさぁ……後はお前らが頑張れよ……」


 妹達には聞こえるわけがないのだが、思わず幽体離脱の状態でそう叫んでいた。


 しかし、彼自身。今、自分が言った言葉に何やら違和感を感じていたのは言うまでも無い。

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