第71話 吸魔大法 その1

 兄の言葉に従って、レイラは兄のすぐ横に立つと、手にした剣を改めて邪神へと向けた。


 今まさに、レイラの心は興奮に湧き立っていた。


 思い返して見れば、いつもの突拍子もない修行法ではなく、こうして兄から直接に剣技の指導を受けるのは初めてである。


「覚えているな。先生が毎日欠かさずしていたと言う鍛錬を」


 隣で剣を構える兄が、当然の様に言った。


 もちろん忘れるわけが無かった。それどころかレイラは兄と分かれてからというもの、その鍛錬を日々欠かすこと無く密かに行っていたのだ。


 兄が戦場から帰って来たら、成長した自分の姿を見せて驚かしてやりたい。


 その一心からレイラが鍛錬を初めて、もう6年以上の歳月が流れてしまった……。


 しかし。その努力は、未だに実ってはいない。


「力はお腹に宿り、それを全身に巡らす。力は全身を巡り、それを再びお腹に宿す……」


「そうだ。よく覚えていたな。それで、鍛錬は積んでいたか?」


「うん。お兄ちゃんが戦争に出かけてからずっと毎日。でも……」


 負けず嫌いのレイラが、また悔しそうな表情を見せた。


 だが、カイルはその妹の表情を見た瞬間に確信する。


 この妹なら必ず成し遂げる。


 彼は、妹の諦めの悪さを嫌と言うほど知っている。そして恐らく彼女が今日まで必死にその鍛錬を続けて来たことも。


 もちろんそれは、先ほどカイルが邪神の首を打ち払って見せた……大師匠の名もなき一刀を会得したい一心でのことであろう。


 だからこそカイルにはレイラが既に基礎を習得していると言う確信があった。


 そして技を完成させる為には、『今の彼女に足りていない物』それをカイルが教えてやれば良いだけのことである。




 ならば、もうカイルに剣は必要無い。次の一撃はレイラが決めるのだ。


 おもむろに地面に剣を置いたカイルは、剣を構えたままのレイラの腕に優しくその手を添えた。


「さぁレイラ。やってみろ」


 今度こそ、剣の運びから力の入れ方まで直接兄に教えてもらえると思っていたレイラは、不安気な視線をカイルに向けた。


 しかし、カイルは真っすぐに邪神を見つめたまま、その視線をレイラには向けてくれ無い。


 兄は自分を買いかぶっている……。


 自分の剣まで手放して兄は私をどうしたいのだろうか……。


 レイラは、兄の心の内を計りかねながらも、兄の言葉に従った。


 しかし。このまま何も変えずに今まで通りにやった所で、いつもの様に技を繰り出す事は出来ない。


 レイラは、またもや失敗してしまう不安を抱えながらも、兄の言葉通りに、ゆっくりと剣を持つ手に力を込めた。


 力は丹田に宿り、それを全身に巡らす。力は全身を巡り、それを再び丹田に納める……


 心の中でその言葉を繰り返しながら、レイラは自らの身体の中を巡る『気』の力はをイメージする。




「信じろ。それで合っている」


 カイルの優しく諭す様な声が聞こえた。


 そして、その言葉と同時に添えられたカイルの手から、温かい波動がレイラの腕に伝えられる。


「どうだ。お前のと同じだろう?」


 再び耳元で聞こえる兄の声。


 その瞬間。レイラは自らの体内を物凄い勢いで駆け巡る熱い波動をしっかりと認識した。


 レイラは知る。これが体内巡る『気』の力なのだ。


 そうとなれば、この『気の波動』剣にあつめて一心に振り下ろすだけである。


「ありがとうお兄ちゃん。後はもう私一人でも出来る!」


 そしてレイラは兄に添えられた手を振りほどき、邪神の目の前へと躍り出る。

 

 もちろん振るう剣はただ一つ。


 彼女がずっと憧れ続けていたあの大技。千年求敗の渾身の一刀である。


 レイラが手に持った剣は、高々と頭上へと掲げられ……


 その全力を持って振り下ろされた剣は、見事に邪神を捉えて、三度みたびその首を切り捨てたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る