第22話 カイル 明日のために…… その9

 雪のしんしんと降り積もる、まだ夜も開けきらぬ早朝。俺は妹を家の外へと連れ出した。


 確か、前に言った様に『格好良い』や『絵になる』っていうのもあるけれど、ほんとのことを言うと単にそのような俺だけの都合っていうわけじゃ無い。

 もし、妹の進む道が、本当に『剣聖』や『剣豪』への道ならば、そこには必ず精神的鍛錬というのも必要になって来るはずなのだ。


 達磨でもない俺が妹に禅の精神などを教えることが出来ないならば妹にはそれを経験で学んでもらうしか無い。


 ならば妹には、真剣に自らと向き合って貰わなければならない。降り積もった雪は音を消し、そして大地からその色を奪う。そんな意味で、多分冬は、自分と向き合うには絶好の季節なんだ。




 我が家の裏山に、頃合いの良い岩がある。大きさは現代日本で言うところの軽自動車くらいはあるだろう。もちろん無闇に剣を振るったところで切れるものではない。



「次の第三層の修行はレイラにこの岩を切ってもらう」


 そう言って俺はその小さな手に、古ぼけた剣を一振り手渡した。修行を初めてから既に二年。初めて手にする剣に妹はその顔をほころばせたが、直ぐに自分がこれから向き合う試練の大きさに気が付き、その顔を呆然とした表情に変えた。


「どうやって……」


 小さくこぼれた妹の声に、俺は居住まいを正して、さも意味ありげに答える。


「それを考えるのが第三層だ。だが力技ではどうにもならないぞ。答えは考えて考え抜いた先にある、自分が信じたここぞという場所に剣を振るえ!」


「でも……。この剣じゃ石の真ん中までも刃が通らないよ。本当に出来るの?」


 珍しく弱気を見せる妹に、俺は敢えて厳しい言葉を投げかけた。


「無理だと思うならば止めればいい」


「…………」


 妹は何も言わない。


 修行を始めてから今まで、俺は今回の様な妹を突き放す言葉を使ったのは初めてだった。もちろんそれは今まで甘やかせてばかりだった妹には辛いことだろう。


 しかし。剣を学ぶ者が、ひとたびその手に剣を掴んだなら、もはや甘えは許されない。


『その剣は人の命を容易たやすく奪う事が出来る』俺はその覚悟を妹に教えなければならないんだ。


 そして、それはおそらく妹に剣を手渡した俺自身も同じだろう。



 俺の突き放す様な言葉を、妹がどの様に受け取ったのかはその表情から推し測ることは出来なかった。しかし手にした剣をひたすら見つめる妹の瞳は、曇ってはいなかった。



 それは、挫けそうになる自らの弱い気持ちを断ち切るかの様に……。妹は剣を頭上に持ち上げると、勢いよく真下へと振り下ろした。


 まだ十歳の妹には重すぎるその鉄の塊は、振り下ろされたのと同時に妹の身体を道連れにしながら、その手から零れ落ちる。


 重たい剣につられて雪に顔から埋もれてしまった妹と、その横に放り投げられた錆びかかった剣。


「ふふっ」


 俺は、その不格好な妹の姿に思わず笑ってしまった。


 ――やっぱり俺は決まらない。こんな時に笑ってしまうなんて……。


 そして、それにつられた妹も、雪だらけになった顔をそのままに「キャハハ」と顔全体を笑顔に変えて無邪気に笑った。



だが、それがまずかったかと言えば、そうでも無いだろう。詰まるところ、この世界での物理法則は信じる力によって覆す事ができる。


 だから、俺が妹に対してやってやれる一番の事は、絶対に妹を信じ続けさせてやる事なんだ。厳しくすることだけがこれからの道ではない。




 俺は、妹の体を雪の上から引っ張り上げると、横に落ちていた剣を拾って手渡した。


 そして、立ち上がり再び剣を構える妹に頭を振った。


「そうじゃ無い。もっと相手を知ろうとするんだ。お前は何処に剣を振るう?そしてその剣は振り下ろすのか?それとも切り上げるのか?」


 妹は物分りが良い。


 俺の言葉を聞いた途端。手にした剣を下ろして精神を目の前の巨岩に向けた。


 それは第一層『超空間認識』


 今、この世界で妹ほど『見る』という事に長けた人間はいないのでは無いだろうか。




 そしてその『超空間認識』は妹に決定的な一つの事実を突きつけた。


 慌てて巨岩の側面へと回り込む妹は、そこで目を疑う光景を目にする。それは彼女にとって、巨岩に刻まれた一つの奇跡のように見えたに違いない。


「岩が2つに割れて……」


 そんな詰まる言葉とは裏腹に、その時の妹はその目をランランと輝かせていた。




 って。


 まぁ、これをやったの俺なんですけどね。


 本当に出来るとは思って無かったんだけど、俺もやっぱり信じてたから出来たのかな〜。


 苦労して仕込んだかいがありましたよ。



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