五の十 選ばれし人びと 九月二十四日 その四

 影の巨人がヨンジャ達を押しつぶすように空を覆い、大平原の中に聳立しょうりつしていた。

 ヨンジャが見あげ、ブライアン達も茫然とその巨体を見あげた。

 と、その視界の端に何者かが駆け寄ってきたのが見え、巨人に体当たりを喰らわせたのだった。そのラテンアメリカ系と見える男は、さらに両手を突き出して巨人の体表に電撃を放った。ヨンジャとは違う超能力チカラを持っているようであった。しかし、巨人はその攻撃をまるで意に介すふうもなく、巨大な手のひらを振るった。うなりをあげるその平手打ちで男は弾き飛ばされ、地面を滑るように転がっていった。

 すると今度は茂治が触手を大量に湧き出させ、影の巨人に向けて放った。

 四方八方から包囲するように触手が巨人を襲った。

 巨人はうるさそうに両手を振った。まるで人にまつわりつく蠅を追い払うようであった。やがて、あまりのわずらわしさに辟易したように、手をだらりとさげた。

 そうして低く、聞く者の鼓膜を揺さぶるような咆哮を発した。

 咆哮とともに、巨人の胴体の地面との接点から無数の触手がどっとはえ、伸びた触手がそれぞれ茂治の触手と激突し、粉砕していく。

「あれは」ヨンジャは息を飲んだ。あの異様な気味の悪さ、吐き気をもよおすような瘴気、あれはユリッペを襲った触手ではないのか――。

 茂治の触手は巨人の触手の弾幕のような防衛を突破することができず、遺憾ながら包囲を解かざるをえなかった。

「胸だ!」トバイアスが叫んだ。「巨人と合体した男を直接叩くんだ!」

 茂治の後ろで守られていた時詠の巫女が通訳したが、そう教えられたからと言って、茂治にはどうにも打つ手が見出せない。

 その時、巨人の背後から駆け寄ってきた南アジア系の男が、口から火を噴いた。さっきの電気を操るアフリカ系の男も復活し、手のひらから雷のような電撃を放つ。ふたりは際限なく襲い来る触手を次次に消滅させていく。

 空中からは、茂治が再び触手攻撃を開始し、巨人は錯乱したようになって両手を振り回し、触手を周囲に走らせる。巨人から、地を這うような咆哮が草原にとどろき渡った。

「ヨンジャさん、今です!」

 時詠の巫女が叫んだ。

 叫びに突き動かされるように、ヨンジャは足から衝撃波を放って、宙に舞った。

 巨人が両腕を突き出して、身を守る。

 ヨンジャは叫んだ。

 叫びつつ、振るった拳から衝撃波を放ち、巨大な黒い手のひらを一枚、二枚と打ち砕いた。

 そうしてそのまま巨人の胸へと突貫する。

 だが、手のひらの防御で勢いが殺されてしまった。

 高さがまるでたりず、ヨンジャは巨人のお腹のあたりに大の字になって貼り付いた。

 巨人は痛痛しく手のひらのもげた腕を振り回し、反動でヨンジャを弾き飛ばそうともがく。

「こんにゃろぉう!」

 ヨンジャ叫びながらも飛ばされまいと、ぶよぶよしたスライム状の黒い表皮に必死にしがみつき、ロッククライミングのように、腕を曲げ、脚を伸ばし、一手一手、巨人の胸へと登って行った。

 やがて、影の幕の向こうに、ルーファスの引きつった顔が見えた。

 ヨンジャの背後ではいつの間にか巨人の手のひらが復活していた。

 ルーファスは、おののきながらもヨンジャを叩き潰さんと、両ほうの手のひらを左右から迫らせた。このままでは、ぺしゃんこに押しつぶされてしまう。

「うおーっ!」

 ヨンジャは吠えた。吠えて渾身の衝撃波を放った。

 衝撃波は巨人の胸を穿ち、その核たるルーファスをヨンジャは拳でぶん殴った。そのままルーファスとヨンジャは共共巨人の背中へと突き抜けた。

 同時に巨人が拝むような形で手を叩いた。手が叩かれるのを合図にするように、巨人が弾けるように霧散し、ルーファスは虚空へとふっ飛ばされて気を失い、頭から落下していく。その体が大地へ激突し、命脈尽きんとした瞬間、茂治の伸ばした幾本もの触手が彼の体をつかんだ。

 同時にヨンジャも着地し、衝撃波で落下速度をやわらげたものの、勢いがつき過ぎた体はとまらず、草原を五メートルばかりも滑ってからとまったのだった。

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