五の十一 選ばれし人びと 九月二十四日 その五
転瞬、草原に静寂が訪れた。
風もやみ、草達も黙って佇んでいる。
無音の草原に、立っている者は数えるほどしかおらず、大半の人人は大地に倒れ伏して、中には怪我を負ったのだろう、うめき声をあげる人もいたし、完全に意識を失って微動だにせず、命脈を保っているのかどうかすらもわからない人もいた。
「ミイラ化された人達は、おそらくそのうち目を覚ますだろうが、巨人に痛めつけられた人達が心配だ」そう言ってブライアンがルーファスの息を確かめた。「ま、こいつは大丈夫そうだな」
時詠の巫女は、折り重なっている人達の所に駆けて行って、
「茂治さん、皆を仰向けに寝かせて楽にしてあげてください」
後ろの茂治にそう命じて、自分でも倒れている人を寝そべらせていた。
そこへ、数人の男女が近寄ってきて、気絶している人達の体に手を当てた。
「私たちは、治癒能力があります」
そう言って怪我人を次次
ヨンジャももつれ合って倒れている人人を、糸をほどくようにして引き離し、仰向けにさせていった。
こっちの人の怪我が酷いとか、頭を押さえて苦しんでいるとかいう声が飛び交って、治癒能力を持った者達が走り回った。
皆が力を合わせて救護していると、ふと誰とはなしに空を見た。
ひとり、ふたり、さんにん……、何かに引っ張られるようにして空に顔を向けた。
何故自分が見上げているのか自分でもわからないままに、彼、彼女らは見上げたのであった。
数瞬後、空に、雷鳴のような轟音が走った。
轟音と同時に、空が割れるように空間に亀裂が生じ、口を開けた亀裂の中から、まばゆい光とともに、巨大な火の玉が現れ皆の見上げる上空を西から東へと横ぎって、空気を引き裂くような爆音と共に数キロ向こうへ、一直線に落下していった。
皆驚きつつ、目の当たりにした瞬間の光景を、脳に理解させるために溜め息すら出ない。
火炎の隙間に細長い胴体や翼が確認できたので、それは飛行機だったのだろう。
火の玉が落下するのを目で追ったあと、一同は割れた空に目を戻した。
割れていた空間はいつの間にか閉じ、何か青白い光を放つ物体が、はるか上空からゆっくりと降りてくる。
ヨンジャはあんぐりと口を開けて、豆粒のようなそれをじっと見つめた。
ブライアンも、トバイアスも、環も、エメリヒも、茂治も時詠の巫女も、起きている人達は皆、その何かわからない物体を凝視した。
あれがミイラなのではないかと皆の脳裏によぎった。
だが、しだいに見えてくるその姿は、綺麗な白い貫頭衣に身を包み、脚を伸ばし、背をちょっとそらせ、両手を左右に軽く開いているが、しかし、その容姿は人間には見えなかった。
首は長く、頭は小さめで耳は尖り、腕も脚も人間よりは長めに見えた。
そうしてその両目は大きく見開かれ、金色に輝いているのだった。
しばらくして、それがミイラの本来の姿なのだと、皆、理解した。
しかしヨンジャは意外なほど心が落ち着いていた。
ブライアンも無心でそれを見ていた。
エメリヒもただ引き付けられるように見ていた。
茂治も時詠の巫女も、ここにいる皆そうなのであろう。
歓喜に心をうち震わせるでもなく、目的の達成に感涙するでもなく――。
そこにいるのは悠久探し求めた相手であるのに、不思議と感慨が湧いてこないのだ。
ただ、こうなることが運命だったのだという気がした。長い旅路がついに終焉にたどり着いたのだと思った。
それが降りてくる。
その体から発する光が、人人を照らす。
春の陽射しのような温かさに人人の体が包まれて、やがて、意識を失っていた人達が目を覚まし、怪我をしていた人達がうめくのをやめ、ぽつりぽつりと立ちあがりはじめた。
ルーファスもテンプルトンも何事もなかったかのように立った。
人人は、まばゆい光に目を細め、間近く迫った頭上のそれを見つめ続けた。
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