五の九 選ばれし人びと 九月二十四日 その三
倒れ伏したテンプルトンを取り巻いて、ブライアン、トバイアス、環、ヨンジャが集まって顔を見合わせた。
「みんな、怪我はないか?」
ブライアンが訊くのに、皆がいっせいにうなずいて答えた。
「なんでこんなことをしたのか、当人を問いただしたいところではあるが、意識を戻してまた能力を使われるとかなわんからな、放っておこう」
「おおかた、ミイラの力を独り占めしようとたくらんだくらいなものだろうな、ブライアン」エメリヒが追いついてきて、輪に加わった。「ミイラは願望を叶えてくれるような代物ではないと、時詠の巫女は言っていたが」
「ここにきてその巫女が信用できなくなってきたな」ブライアンが辺りを見回すと、その巫女が茂治を従えてこちらに向かって歩いてくる。
「巫女さん」と近づいた巫女に問いかけたのはエメリヒであった。「あんた、知っていたんじゃないのか、こういう事態に陥ることを」
巫女は苦い顔をして首を振った。
「未来予知でわかっていて黙っていたのではないか、とお考えなら、間違いです。私の予知能力は断片的で、ここでミイラと出会えること以外ははっきりしているわけではないのです」
「もどかしいな」エメリヒは問い詰めるような口調になっていた。「あんたさっき話した時から、ずっと歯切れの悪いことばかり言っているじゃあないか。隠していることがあるなら、ここですべてぶちまけたらどうだい」
「ご勘弁ください、クルツさん」
エメリヒは舌打ちしてそっぽを向いた。
「そういえば、いつものあの
「それが、私たちも探しているのですが」
「ゾンビ化してしまったのかな」
そう言ったブライアンの後ろに影がさした。
「それは違いますよ、ステイシーさん」
どこか侮蔑を含んだような男の声であった。
「ルーファス!?」時詠の巫女が叫んで、皆が振り向いた。
そこにはスーツ姿で、ズボンのポケットに片手をつっこんでルーファス・ウォンが立っている、唇に薄い笑みを浮かべていた。
すると、ルーファスの足元に描かれた影が奇妙なことに、太陽の方向へとぐるりと回った。あり得べからざるその影は、彼の背後につうっと地面を這うように伸びていき、伸び切ると今度は染みが広がるように広がって行った。やがて草原に広がった影が、むっくりと起き上がり、巨大な手を持ったひらべったい魔人と化した。真っ黒で足はなかったが、目だけが不気味に赤く輝いている十七、八メートルほどの巨体であった。
十メートルほど向こうで集まっていた人人が悲鳴をあげて、また逃げ出した。
影の魔人の腕が素早く伸びていき、巨大な手で逃げる後ろから彼らをまとめてつかむと、ぎゅっと締めあげた。締めあげられた人達の叫声が轟き渡り、しかしその声は、すぐにちぎれたようにやんだ。魔人の手が開かれ、人人がまるで糸の切れたあやつり人形のように地面に転がった。
「大丈夫、気を失っているだけだ。人殺しは趣味じゃなくってね」
嘲るようにルーファスが言った。まったく血の通っていない、冷淡な口振りであった。
「ルーファス!」
巫女の、大地を裂くような怒声であった。
「ずっとたばかっていたのですか。香港独立のために活動しているというのも、すべてでまかせだったと言うのですか!?」
「そう、すべては我らが国家主席閣下の永遠の御代のために」
「あなたという人は、なんという……」巫女の声が途切れた。怒りで言葉が出てこないようだ。
「お仲間うちで、ミイラの見解にずいぶん相違があるようだな」エメリヒが嫌味たらしくつぶやいた。
「テンプルトンも仲間なのか?」すかさずブライアンが問うた。
「いや、仲間というより、金で雇っただけだな。それなりに働いてくれたよ。あんたたちを日本に向かわせるきっかけを作ってくれたし」そうしてルーファスはあたりを睥睨するように見まわして、「余計な人数を減らしてくれたしな」
「巫女を使嗾し、俺たちをたぶらかし、ここまでことを運んだのは、声を聞く者達を一か所に集めるためか?」
「そう、そしてひと息にまとめて殲滅せんがために」
ルーファスの唇が醜い笑みにゆがんだ。
「ミイラの力は、我が国が独占する」
その体がふわりと浮きあがり、影の魔人の胸のあたりまでくると、魔人に吸い込まれて、一体となった。
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