四の六 声を聞く者たち 八月十七日 その一
ブライアン達が案内されたのは、北海道庁旧本庁舎にほど近い二十数階建てのオフィスビルで、二十階のその部屋は外に面した壁が全面ガラス張りで、緑に覆われた広い敷地と赤レンガの建物が眼下に望見された。
細長い部屋には、二十人くらいは座れそうな長いガラスの机があって、その机の片側にかたまって、皆は座った。
長机の突端に時詠の巫女がついて、机の窓側にブライアン、トバイアス、環が座っていた。黒いパーカーを着た少年はシゲハル・タムラと名乗り、皆とは離れた場所に座ってスマートフォンをずっといじっていた。トバイアスも愛用のタブレットから目を離さないし、ブライアンは最近の子供達のネット依存にあきれる思いであった。
病院へ向かったエメリヒとグレートヒェンを待っているうちに陽はどんどんと傾いていき、外はもう薄暗いベールが町を包み始めていた。
巫女と呼ばれる女性は英語が達者で、核心に触れるようなことは(二度手間になるので)エメリヒ達が来るまで喋ろうとはしなかったが、あたりさわりのない世間話をブライアン達と交わしていた。
皆の前には紅茶やコーヒーが置かれ、飲み終わると、まるで待ちかまえていたように、スーツ姿の女性が現れて、新しい飲み物を置いて去って行くのだった。
やがて、エメリヒが、黒縁の眼鏡をかけた気障な男に付き添われて部屋に入ってきて、ブライアンたちの前の席に座った。
「遅れて申し訳ない」エメリヒが開口一番言った。「連れは警察の保護下にあってね、許可がおりなくて来ることができなかった。日本の警察は融通がきかないね」
ドイツ語であったが、ウォンという気障な男が日本語に通訳した。
「グレートヒェンさんのお怪我は大丈夫ですか」時詠の巫女がさも心配そうに訊いた。
「五針ほど縫いましたが、別段の心配はありません」
「命にかかわる怪我でなくて何よりでした」
そう言って、咳払いをひとつした巫女は全員を見まわすようにして、
「皆様、突然のお誘いに応じていただきありがとうございました。本日この場に集まっていただいたのは、皆様に起きている出来事にかかわりがあることです。言ってみれば、ご疑念を抱いている謎を解き明かすべく集まっていただいたわけです」
一同は固唾を飲むような顔で、じっと巫女を見つめた。
「八十五年ほど前、トルコのアララト山で謎のミイラが発見されました。このことはエメリヒさんの
エアコンの音だけが流れる空間で、巫女のおだやかに喋る声だけが響いていた。心に染み渡るような声色で、春のそよ風が吹き渡るような調子で喋るのだった。
「皆様に聞こえる謎の声、それはそのミイラの声なのです」
馬鹿な話を、とは誰も思わなかった。それくらい突飛な理由でもなければ、自分たちに聞こえる不可思議な声の正体の説明がつかないのだった。
「そのミイラがいったい何者のミイラなのか、それは誰にもわかりません。ある者はアトランティス人の生き残り、ある者は宇宙からの来訪者、またある者は神の降臨されたお姿だと考えています。グレートヒェンさんを襲った者の属する団体の狙いは、アーリア人としての正統性の確立にあった。そのためミイラを手に入れようと画策し、グレートヒェンさんを
「あの」とトバイアスが空気も読まずに口をはさんだ。「僕らの周りでは、学校の生徒たちにおかしな黒魔術の儀式が流行したり、意識を失った人達が僕らを襲ってきたりしますが、それもミイラのしわざでしょうか」
「いえ、それは違います」巫女はにっこり微笑んで問いに答えた。「ステイシーさんやトバイアス君の身の回りでおきた不可解な事象、それに、日本では影から触手状の魔物が現れて人人を襲うという現象が起きていますが、それらはミイラとは無関係な事柄なのです」
「では、なんだというのです」もどかしそうにブライアンが訊いた。
「実は我我も原因の解明にはいたっていませんが、一種の地球意思の産物ではないかと考えています」
「地球意思?」
「地球をひとつの生命ととらえれば、我我人類は、地球を蝕む細菌のような存在です。それを、白血球が外から入った異物を排除するように、地球が人類を駆逐しているのです。あくまで、仮説ではありますが」
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