四の七 声を聞く者たち 八月十七日 その二

「では、ミイラとはいったい」ブライアンは巫女の持って回ったような説明にいささか苛立ちを覚えつつ訊いた。

「人類の先導者、と考えています」

「先導者?」

「人をより良い未来へと導く、案内人。旧約聖書のノアがあまたの生き物を箱舟に乗せて運んだように、我我を平和な時代へといざなう、いわば平和の使者。そうしてその絶大な力で、ステイシーさんやトバイアス君の身の回りで起きたことを解消し、影の魔物も消してくれるでしょう」

「それほどの力がミイラにあるとは思えないけどね」エメリヒが胡散臭いものでも見るような目をして言った。

「我我にテレパシーで声を送ってくるほどのチカラを持っているのですから」

「しかしそれも仮説なのでしょう」

「はい」

「あなた達は何らかの組織として活動されているようだが、あなた達がグレートヒェンを操ったアーリア人至上主義者たちとは別方向の方針を持っていると、言いきれますか」

「はい。我我はあくまで平和を求めています。ミイラが平和をもたらしてくれるのなら、我我はその手助けをしたいと思っているにすぎません」

 ちょっとの間、部屋を沈黙が支配した。皆が聞かされた内容を頭の中で整理している様子であった。

「ひとつ腑に落ちんのだが」ブライアンが沈黙を破って口を開いた。「我我に声を送っているのがその行方不明のミイラだとして、そもそもなぜ我我に声が聞こえるのだ」

「彼に会うためです」と巫女が答えた。「我我は彼に会わなくてはなりません。我我は選ばれたのです」

「ううむ」

「私のチカラで、ミイラが出現する日時まではわかっているのですが、残念ながら場所がわかりません」

「そのための祖父の日記か?」

「その通りです、クルツさん」

「しかし、何度読み返しても、そんな予言めいた内容は書かれていなかったはずだ」

「なにか場所にまつわる記載はありませんでしたか?」

「ミイラを運ぶ飛行機が、モンゴルのオルホン渓谷周辺で消息を絶ったとは書かれていたが」

「その行方不明になった場所に彼は出現すると見ています」

「しかしオルホン渓谷というだけでは、あまりに範囲が広すぎるだろう」

「そう、そこでトバイアス君のチカラをお借りしいたいのです」

「僕の?」

「あなたには、人の意思を感知する能力があるはずです。その感知能力で、これまでは人の居場所を探知してきたのでしょう。それを、日記に使ってみたらどうでしょう」

「しかし祖父は、正確な場所なぞ書いていなかったぞ。緯度経度のような位置情報とかな」

「ミイラに接したクルツさんの御祖父様おじいさまは、思念がミイラとつながっていたはずなのです。その御祖父様が書かれたものである以上、日記には特殊な残留思念が染み込んでいます。その染み込んだ思念をトバイアス君が読みとってくれるのなら、正確な場所もきっと特定できるはずです。さらに私の時詠のイメージも同時に受け取ってもらえば、飛躍的に可能性が上がるはずです」

「いささか強引な仮説に聞こえるが。ミイラが祖父を通して我我に居所を教えてくれていると解釈すれば、納得はできるがな」とエメリヒは椅子の脇に置いてあった紙バッグを持ちあげて、中から三冊のハードカバーのぶ厚い日記をとりだした。「まあ、やるだけやってみるといい」

「さて、どうしたものか」

 とブライアン反感を表すように眉根を寄せた。ふと我にかえってみれば、さきほどからこの美女の口車にうまいぐあいに乗せられているような気がしてくるのだった。皆エメリヒのように巫女の言説を信じてしまっているようだが、立ち返って考えれば、ミイラに意思があるという根本からおかしな話ではないか。

「トバイアスの精神に負担がかかるようなことはないのだろうな」

「取り越し苦労ですよ、先生」トバイアスはもう乗り気な様子で、「これまで能力を自分の意思で操ってはこなかったけど。できるのかどうか、一度チャレンジしたいです」

 小さな体を椅子から立たせると、同時に時詠の巫女が近づいて来た。

 巫女が日記の上に手を置くと、その手にトバイアスが重ねて手をおいた。

 そうしてふたりは目を閉じて意識を集中させる。

 皆の視線がそのふたつの手と日記にそそがれた。

 ふと気がつけば、トバイアスと巫女の体がうっすらと光に包まれて、風もないのに髪がふわふわと揺らいでいた。

「先生、僕のタブレットで地図を開いて。モンゴル、オルホン渓谷」

 ブライアンは机の上に置いてあったタブレットをとって、言われたとおりに地図アプリを起動させて、モンゴルのオルホン渓谷周辺の地図を表示させた。

 はっとトバイアスが目を見開いた。

 その指が、画面に表示された地図の上をを這うようにゆっくりと動く。

 オルホン川、Q市、さらに東へ。

 やがて、ぴたりと一点を示した。

 何もない大草原の真ん中であった。

「そして」時詠の巫女が言った。「約束の日は、八月二十四日」

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