三の九 ブライアン 八月六日
「日本人っていうのは、こんなでかいロボットを作って何を誇りたいんだ」
東京の、お台場という場所にある全高二十メートルくらいの白いロボットを仰ぎ見ながら、ブライアンは溜め息をついた。
「先生、帰りにも寄ろうね。プラモデル買い込みたいんだ」
そういう教え子のトバイアスに、ブライアンはあきれたように目をさげて、
「お前な、俺たちは遊びに来てるんじゃないんだぞ」
先日、触手状の魔物をあやつる謎の少年に襲われ、特殊な能力を持つ少女に助けられた後、ブライアンたちは少女を待ってお礼かたがた話をしようと待ち受けていたのだが、少女は少年を倒すと、別の道を使って帰ったのだろう、姿を消してしまった。
そののち、
――あのお姉ちゃんにひっぱられてここまで来たけど、あのお姉ちゃんは会うべき人じゃなかった。
トバイアスがそんなことを言うのだ。
――厳密には、会っておいて損はない人なんだろうけど、さっき顔を合わせたくらいで充分じゃないかな。
――じゃあなにか、俺たちは、謎の少年に襲われて少女と一瞬顔を合わせるためだけに、十日ばかりもこの界隈をふらふらしていたのか。
――まあ、会えたんだからいいじゃありませんか。
ブライアンは、もはや絶句せざるをえなかった。
そうして、今度は北の方だ、というトバイアスの勘にしたがって、愛知県を離れ東京周辺を歩き回っているわけであるが。
「違う気がするなあ、もっと北の方」
有明へ向かってぷらぷらと歩きながら、トバイアスがふと口を開いた。
「だったらもっと早くいってくれても良かったんじゃないか、トバイアス」
「そう言われても、この探知能力は、カーナビゲーションとは違うんです。自分でもコントロールできないからね」
「コントロールできるように修練を積んでもらいたいな。少しはこちらの懐具合を考慮に入れて欲しいもんだ」
「懐具合も心配だろうけど、ぐずぐずしてると、新幹線が込み始めて、移動が立ちっぱなしになるよ」と口を挟んできたのは、相変わらず派手な化粧と衣装をした環であった。ついてくるなといくら言っても断固としてついてくる彼女に、もうブライアンはなにも言わずに、好きにまかせている。
「オボン、とか言うんだったな。日本が一斉に休暇に入る」ブライアンは遠い目をして、「北のどの町を目指すにせよ、まあ、ホテルのグレードは確実に下がるぞ、いいな」
「ええ?それはないよ、先生」
「つべこべ言うなトバイアス。お前がもっと早く探知能力を働かせなかった結果だ」
「ちょっと、私の通訳代はとってあるんでしょうね」
「タマキ、お前は勝手についてきてるんだから、俺が金を支払う必要などない」
「ホテル代は出さない、通訳代は出し渋る。なんてケチなアメリカ人なの、広い大陸に住んでるんだから、心も広く持ちなさいよ」
「クレジットカードの明細を見るのが怖いくらいの現状で心を広く保てたら、今日から俺は聖人の仲間入りだ」
そうして無益な言い争いをしながら、夢の大橋という橋の中ほどまで来た時だった。
前後から、スーツを着た男三人が、ブライアンたちを取り囲むようにすばやく近づいてきた。
正面のひとりの、五十過ぎくらいの、小太りの男が懐から黒い手帳のようなものを開きながら出し、身分証と金色のエンブレムを見せた。身分証には顔写真と漢字とローマ字で名前が記してある。
「警視庁のものですが、ちょっとご同道ねがえますか、ブライアン・ステイシーさん」
ブライアンは、とうとう来たな、と思った。優秀と聞いていた日本の警察にしては遅いくらいだという気がした。
「どういうご用件か、うけたまわりたいですな」
「アメリカのそちらのトバイアス君のご両親から、誘拐の届が出されています」
ブライアンはトバイアスに振り返った。
「どういうことだ」
「さあ」
「さあじゃあない」
「先生と仲良く旅行していますって、メールも何度も送ってるんだけどね」
「電話で直接話して、訴えを取り下げてもらえ」
「ずいぶんなつかせたようですな、ステイシー先生」刑事が嫌みに言った。「それとも、ストックホルム症候群というやつですかな。ともあれ、いっしょに来てもらいますよ」
「いや、そんなんじゃありません。私たちは同意のうえで行動を共にしているんです」
「未成年者の同意など、なんの意味もないぞ」猿渡は突然高圧的になった。「おい、その共犯の女も捕らえろ。トバイアス君、安心しておじさんたちについてきなさい」
刑事が言い終わる前に、トバイアスが脱兎のごとく走り始めた。続いて、環も走り、ブライアンも走る。
国際展示場という場所でなにかイベントがあったらしい、向かう道は人でいっぱいだった。
まるで居場所もわからぬ道を闇雲に駆け抜け、人混みを縫って走りに走り、後ろを振り向きもせず三人は逃げに逃げたのだった。
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