二の八 茂治 七月七日
――コワセ。
先ほどから聞こえる、空から降ってくるような声に、茂治は、ああ壊してやるさと、口の中で答えた。
笹木原高校近くの、神社の隣にあるあの公園のベンチに腰掛けて、茂治は機の訪れをじっと待った。
せっかく手に入れた超能力である。
世のため人のために使わなくてはならない。
――すべてを破壊しつくしてやる……。
この世の不浄なものをすべて、綺麗に掃除してやる――。
そこで茂治は、まっさきに近所の産廃業者の重機置き場に目をつけた。まずは、この目障りな邪魔者を排除してやろう。そう考えて深夜に重機置き場に忍び込み、新たに手に入れた影の力を使って、ショベルカーやらクレーン車やらロードローラーやらを叩きつぶしてやろうとした。
結果、うまくいかなかった。
影の力はさほど強くはなく、大型の機械や車などはまるで動かすことができず、厚い鉄板に覆われた重機は多少ボディーをへこませるだけで終わった。腹いせにガラスのいくらかは割ってやったが、この程度では新しい力を手に入れた意味がない。落胆とともに茂治の最初の清掃活動は幕を閉じたのであった。
されど、人間相手にならどれほどの威力を発揮できるか。
ぶ厚い鉄板をぶち破れなくても、人間の体になら相当のダメージを与えられるに違いない。
そして今日、茂治は梅雨の晴れ間を見計らって、あの時の公園のベンチに座り、標的の現れるのを待っている。
ゴミはまだ現れない。
あんな人間は社会のゴミだ。
綺麗に清掃してやらねばならぬ。
茂治の通う新明高校も笹木原高校も、期末試験の日程はだいたい同じであるはずだ。少なくとも今日より遅いという可能性は少ないだろう。とすれば、週末、あいつらは羽を伸ばしに、きっとこの公園に現れるに違いない。
そうして三十分も経った頃だろう、笹木原高校の男女の生徒が腕をからませ、けらけらと笑いながら、公園へと入ってくるのだった。
やった、と茂治は歓喜した。あまりの歓喜と興奮で手足が震えるのが自分でもわかった。早く力を振るいたい衝動を抑えると、またさらに体が震える。
入ってきたカップルの男子生徒が、目敏く茂治を見つけた。
すぐにこちらに向けて走ってくる。
てめえ、よくもまた来やがったな、などと叫びながら近づいてくるのに、茂治はわざと怯えたふりをしてスギ林の茂みに走った。
その茂みは、いわゆる鎮守の森で、公園の隣にある神社を囲むようにしてスギの木が集って、その下に色濃く影を作り出していた。
そこは、道からは完全に死角になる場所で、茂治はそこへ相手をおびき寄せたのであった。
茂治は追い詰められたような態で、スギの木にすがりつくようにして足をとめた。
そこへ走り寄ってきた男子生徒が、腕を振り上げ、茂治に拳を振るった。
が、弾き飛ばされたのは、男子生徒であった。
男子生徒は何が起きたのか、まるで理解できていない顔であった。
尻もちをついて驚いている男子生徒に、茂治はゆっくりと歩を進めた。その足元の地面から、いや正確には彼の影から黒い触手がはえて、赤黒い光を発し、うねうねと蠢いている。
それが男子生徒には見えているのかいないのか。
男子生徒はそれでも気丈に立ちあがり茂治に殴りかかろうとする。
が、その首を、触手の手指のように別れた先端がつかんだ。そして、勢いよく、地面に叩きつける。
茂治は、触手をつかって、なんども男子生徒を地面に叩きつけ、殴り、叩きつけ、また殴った。
影をまとったような茂治の相貌が、狂喜に満ちた。口は悪魔のような笑みを浮かべ、目は憎悪と歓喜にゆがむ。
やがて、気を失ったのだろう、動かなくなった男子生徒を、さらに何度も触手で殴った。
追いかけてきた女生徒も、膝をがくがくと震わせて、怯えた目でこちらをみている。
それが、茂治の目の縁に映った。
十メートルほど向こうの女子生徒に向けて触手を伸ばす。
セーラー服の首元をつかむと、二メートルばかりも持ちあげる。女子生徒は、恐怖と恐慌に支配され、甲高い悲鳴をあげると気を失って、股間が液体で濡れていった。
それを見て、茂治は笑った。
――
力のなかった俺に暴力を振るい、さんざん笑っていたのに、今はお前達がこの様だ。綺麗に清掃してやるぞ、社会のゴミどもめ。様を見ろ。様を見ろ。
茂治の笑いはやむことを知らぬ。
「やめろっ」
突如、茂治の背後から叫び声が聞こえてきた。振り向けば、影の力を手に入れるのを邪魔をした、超能力少女が社の脇に立っていた。
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