第4話 終焉獣
外に出ると劇の垂れ幕よりもおどろおどろしさのある黒い無機質な肌を持つ巨大の巨人めいた存在が出現していた。
「――――なんだ、あれ!?」
目を凝らさなくても見つめれば、黒い肌の隙間から漏れている体の線から赤い炎が燃え続けている。頭上には天使の輪と評するにはおぞましい錆が混じった深紅の棘のような平面の輪が目立つ。
空が、夕焼けに赤く染まっているだけではない、鼻に火の匂いを掠める。
【ウォオオオオオオオオオオオオオオオン】
衝動的に吠える狼の遠吠えにしては機械的にも聞こえる雄たけびを上げる。テレビの雑音とも違う、不気味に耳に残る声は恐怖を掻き立てられた。
その声が化け物の声だと理解するには、耳の鼓膜を壊れると直感するくらいの音だった。
視界と自分の思考を回す脳が悲鳴を上げる。
「――、っ」
俺は理解を拒み続ける脳が、体の動きを停止させて来る。
これは、現実じゃない。悪夢だと、悪夢なのだと必死に言い聞かせるように訴えてくる。
雄たけびを上げる怪物は肌から罅が入り、金色に輝く木々が伸びてくる。
それがまるで巨人の風貌から、豹や虎などの毛を想像させ獣の印象を与えてくる。
同時に一斉に頭痛を感じさせるほど、人々の死を告げる絶叫が響き渡る。
「きゃぁああああああああああああああああ!!」「いやぁあああ、誰か、だれかぁ!!」「助けてぇえええ!!」「うぁああああああ!!」「お母さん、お母さん、やだぁああああ!!」
まるで、状況を見るならノアの箱舟のあの話が浮かんだ。
世界の終わりにも映る視界の中で壊れていない聴覚が全力でこの異常事態の情景を警報し続けている。
【ウォオオオオオオオオオオオオオオオン】
さきほどよりも高い声で高笑いする強者にも似た音の揺れを感じながら怪物は吠える。
長く伸びた両腕で他の土地の建物を更地にしているではないか。
「――――なん、なんだ、これは」
思考停止を余儀なくされている俺に、久しい声が聞こえてくる。
『兄さん、こっちです』
「――――
頭の中に、染織の声が聞こえてくる。
『兄さん、こっちです』
「ま、待ってくれ! 染織っ、お前は、どこにいるんだ!? ずっと、ずっと今まで探して――――!!」
『兄さん、死にたくないなら山の頂上まで来てください』
妹の幻聴が聞こえ始めているという現状が、理解不能の怪物が登場した出来事のせいか、冷静な判断が取れていないのはわかっている。
理解が追い付かない中、俺はようやく一歩を踏み出した。
「――、にげ、ない、と」
ようやく、現実逃避をしていた足が動かせるようになった。
踵を返して、この山の一番頂上へと駆け出した。
いや、そもそもあの化け物は海から体を出している……? まるで、地球の海に無理やり入り込んでいるそれは、水の音が耳に入って来た。
水が徐々に迫ってくるのを見て、俺は慌てて高い所へと上がるために駆け出した。
「――――っ」
――なんだ、あれ。なんなんだあれ。なんだなんだなんだなんなんだ!!
脳に理解をさせようと思考を回すが、冷静な判断ができないでいた。
理解するという、エンターキーで押された答えを瞬時にバックスペースで何度も撃ち込まれるワードを拒否すると言っても評してもおかしくないほど、俺の脳がこの目の前の光景を理解することを拒否し続けている。
たくさんの疑問が出てくる脳が、全力で全ての理解を拒み続けている。
「――――、なん、なんだよ!!」
鮮一の叫びが、死に続ける人々の絶叫の中紛れて消えた。
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