第51話 ココア
夕方、帰ってきてありとあらゆることを調べ尽くした。
ここ最近、始めたばかりの派遣の仕事が忙しく何も調べていなかった。それでもこの話題でSNSは湧いていた。
“涼真が熱愛とかありえない!”
“これ絶対デマだからみんな読まないで!読んだら思うツボだからね”
この記事を信じている人はあまりいないようだった。それでもごく一部、そうではない人もいる。
“アイドルなら気をつけろよ”
“今までが何もなかったから、残念すぎる。幻滅した。”
別に悪いことなんてしてないのに悪い気がした。
スマホの通知には“あの記事気にしなくていいからね。琴葉が気にすることじゃない”と送られてきていた。
それから1週間ほどすればその熱愛は自然と下火になっていった。そして、彼はこれについて言及はしない。すればそれこそ火に油。肯定しても否定しても炎上の対象だ。
記事の内容をみて良く思わない人もいた。ただ、あの記事はあまり信憑性がないと気にしていない人が大半のようだった。
理由は2つ。1つは彼のプロ意識。今までそのようなことが無かったこと。二つ目は記事の内容。たまたま同じ店に入って、同じタイミングで出て来ただけの男女というだけで根拠が薄いこと。交流を重ねているとは言っても関係者の証言内容が少ないなどと交際のきっかけも不明とかなり曖昧だった。そのことから信憑性がないと受け流す人がほとんどだった。
それでも私には怖かった。今までだった誰かに知られていて、知り合いしかいない場所で隠れきれない場所だった。だから慣れているはずなのに、今回ばかりはそんな風には受け流せなかった。知らない人に撮られた写真。知らない人から流れた情報。ああ、表舞台ってこんなにも監視されているのかと思い知らされた。少数派ではあったもの“幻滅した”“ショックを受けた”という傷ついた人のコメントは私の心まで傷つけた。誹謗中傷でもないが、自分が関係しているからこそ悪いと思っているし、そう思ってしまう。
街を歩いてもしばらくは人の目が怖くなった。誰かが知らないところで私の情報を掴もうとしているのではないかと。そんなこと田舎だったら日常茶飯事なくせに。それが嫌でここに来たくせに。結局、根本はどこにいても変わらない。
よく考えればこんな一般人と馴れ馴れしくなること自体アイドルとしてのプロ根性を疑うことだ。そんなこと10年ぐらいオタクをしていてわかること。それなのに私はその優しさにまんまとつけ込んだし、頼り切った私も悪いと思う。だから、誰が悪いとかはないし、恋愛をすることも悪いことではない。でも、彼のアイドルとしてを思うならば、私自身のこれからを思うならば思いつく考えは1つしかなかった。
「琴葉、久しぶり。ゲームの続きやる?」
久しぶりに訪れた場所。この香り。相変わらず変わってない
「うん。」
「こないだはごめん。俺も気が緩んでた。怖かったよね。」
私は決意を持ってここに来た。たぶん、ここに来るのは最後になると思う。
「その前に、話したいことがある。いい?」
「わかったよ。そこ座って。」
促されたリビングのソファ。ふかふかで座り心地がいい。
「はい。どうぞ。」
マグカップに注がれた熱々のココア。甘い香りが鼻をくすぐる。そう言えば、初めてここに来たときも甘いココアをこうやって出してくれたなと思い返す。
「話って?」
私は切り出すことにためらった。変わりたくなかった。変えたくなかった。だからこそ、ためらった。でも、今はこうするしかないと思う。
「あのさ。―もうこの関係辞めない?」
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