第50話 監視社会
2月に入って、街は一気にバレンタイン一色となった。
琴葉は2月に入ってから派遣の仕事を始めた。それでも、周りに比べればまだまだだった。休めばその分収入も減るという綱渡りの生活だ。それでも派遣としての仕事はバイトより時給は高く、前よりはゆとりができた。そのおかげで掛け持ちしていたバイトもパン屋だけを残して残りは辞めた。パン屋の仕事だけを残したのはそのバイトが楽しかったことと、少しでも金銭面に余裕が持てるようにとシフトは少ないが入っていた。
珍しく休みの日曜日。久しぶりに真菜と会うことにした。彼氏と旅行がてら東京に来ているという。
「琴葉久しぶり!って言っても久しぶりの感じしないわ。」
待ち合わせしていた渋谷のハチ公前。会った瞬間笑いが尽きない。
「ここ行きたい!」
見せられたのは最近SNSで人気のカフェ。おしゃれな内装とチーズケーキが有名なお店だった。
「東京人多いな。ここも並んでたし。すごいわさすが大都会。」
駅から徒歩10分ほどで着いたカフェ。オープンは十一時なのに、私たちが着いた11時過ぎには列ができるほど並んでいた。30分ほど並んでやっと入れた店内でも満席で人は賑わいが絶えない。
頼んだカフェオレを飲む真菜の左手の薬指にはキラリと銀のリングが輝いていた。
「遅くなったけど、結婚おめでとう。」
「ありがとう。」
結婚式はとっく終わっていた。招待状が来ていたが、いろんなことに余裕がなくて欠席した。正直なところ晴れ姿を見たかったという気持ちと、見たら自分の劣等感が増すという気持ちが半々に襲っていた。後者の気持ちを考えたら行かなくて正解だったかもしれない。
「彼氏。あっ、旦那さん?今日はどうしてるの?旅行だったんでしょ?」
「あ、こっちに友達いるから会いたいって。今日はその友達を遊んでるみたい。私も琴葉と会いたかったしお互い都合がよかったね。」
「そっか。」
「でね、昨日はテーマパーク行ってきたんだけど、見てこの写真。パーク内で寝ちゃってさ。これ、私ね。抱擁するいい女でしょ。」
笑い半分、のろけ半分で写真を嬉しそうに見せてくる。そんな思い出話とのろけた話を20分も聞いた。それから同窓会の話。「琴葉も来ればよかったのに。」と言われたが、そんなことが開かれていたことすら忘れかけていた。
「それで就職はどうするの?」
真菜からの質問にどきりとする。
「頑張ってはいるけどね。なかなか難しいね。既卒就活は。一応、今月から派遣の仕事決まったし前よりは楽かな。」
「そっか。でも、東京だったら時給高いし。バイトも種類多いし。」
「本当にそれ。地元にいたときなんて、あのお土産屋さんのバイトしかなかった。それに同じ時間働いても全然今の額は稼げなかったや。働けば働くほどその差を感じるよ。」
「でも、私は東京無理だわ。人多いし、居場所がないって言うか。人が冷たいね。」
その考えも確かにあるなと私は思った。でも、人が多いことが私みたいな一匹オオカミには嬉しかった。人が冷たいのではなく、過干渉してこないことが私にはありがたかった。
「そう言えば、前言ってた人どうなったの?あのお見合いみたいになった人。」
その話題が出てどきりとする。
「もう相手30歳でしょ?さすがにないわ。それで相手いないとかまじでない。そんな歳まで何してたんだろう。」
相手がアイドルであることを知らない真菜はいいことに言いたい放題。
「そんなんじゃないから。本当。」
「まじでそんなに歳離れてる人はなしだな。私が紹介してあげようか?」
「いいから。そういうの。」
「そう言えば、これ見た?」
真菜がスマホ画面で見せてきたのは一つのネット記事。見出しには“人気アイドル森田涼真 年下女性と熱愛か?!”と載っていた。写真にはモザイクがかけられているものの見覚えのある場所だった。
「待って。知らない。」
「えー、知らないの。知ってるかと思って、今日凹んでるんじゃ無いかって思ってたのに。あ、でも琴葉こういうの気にしないタイプだったか。」
真菜のスマホ画面でネット記事を読み進める。都内某所の料理店で森田涼真が入って行くところを目撃。しばらくして20代の女性が入店したと書かれていた。ご丁寧に顔にはモザイクがかけられているが私で間違いない。1月の終わりに行ったときに着たものと同じだった。
記事の全文を読む目が止められない。
都内某所の料理店で森田涼真が入って行くところを目撃。しばらくして20代の女性が入店した。しばらくすると、森田とその女性が同じタイミングで出てきた。
関係者によると昨年の夏頃にも食事をしている。交流も回数を重ねていて、相手はライブにも足を運んでいると言う。
お相手は一般人。出会いのきっかけは不明。交際は昨年の夏頃からだと思われる。
森田は昨年、映画、主演ドラマ、ライブと目まぐるしい活動をしていた。女性ファンも多く、この恋を応援してくれるのだろうか。
記事は短かったもののインパクトのあるものだった。それは自分が当事者であるということもそうだが、プロのアイドル。しかも、今まで大きなスキャンダル0の彼の熱愛だ。インパクトが無いわけがない。
「もうこの人もいい年だからね。そんな話の1つぐらいあるだろうけど、ちょっとがっかりだわ。ね、琴葉。」
「あ、うん。今までこんなことなかったからね。」
動揺が止められない。写真は一枚しかなかったもののどこから誰が撮っていたのか。関係者って誰だ。そもそも私の存在を知っている人が彼の周りに何人いるのか。同じグループのメンバーですら私のことを知らないし、話したこともないと前に言っていたことがある。
それから真菜と街を散策したが、あの記事が忘れられなかった。
そもそも、記事に書かれていたような関係はない。一般人である私の名前は伏せられているもののバレるのも時間の問題かもしれない。今だって誰かに見られているのではないか。
今までだって監視社会だった。それは私のことを知っている人が山ほどいて、隠せないという監視社会。ここは別の監視社会だ。ネット、SNS。みんなが情報発信できる時代。その情報は隠せないし消せない。私はここで思い知った。監視社会はどこにでもあることを
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