光と影

第49話 余韻

 ライブが終わり、年末年始も忙しなく過ぎていった。


 ライブの日を境に晴海さんとはぱたりと会わなくなった。年末年始はシフトを入れないようにしているだけかと思っていた。でも、実際は違っていてここを辞めたと年が明けてから1週間が経った頃に初めて聞かされた。


 12月から晴海さんの旦那の勤め先が転勤になったらしく埼玉に引っ越したと言う。それまでに決まっていたシフトもあったこと、次のパートを見つけること。この折り合いが付いて12月いっぱいで辞めた。

連絡先も交換していなかったので連絡の取りようもなく、あっけなくこの関係が終わってしまったことを寂しく思った。

 私がバイトに入る度に会っていたので連絡先を交換しなくてもやりとりできていた。だから、交換しなくてもよかった。それが今となっては後悔しかない。

そんな寂しい期間のなかでもライブの時から変わらないことがあった。それはライブが始まる前に来ていた1通のメッセージ。名前には“涼真”と書かれていた。私はもう1ヶ月近くも経とうとしている今も開けないでいた。

あのとき、初めて王子様に会ったと出会ってしまったとそう思った。でも、それでも何か違うというそんな気持ちで埋め尽くされた。


 アイドルに対して“王子様”“お姫様”と表現することは多々ある。もちろんその言葉が似合うほどキラキラしていることに間違いはない。華々しいステージで華麗な身のこなし。華麗で輝かしい。でも、きっと違うんだ。手に届かなくて、輝いていて、いろんな人から好かれて、愛されている。その姿も含めてアイドルを“王子様”“お姫様”と例えると思うと私は納得した。

 確かにあのとき、私の前にいたのは王子様だった。でもそれは偶像でしかない王子様で、私の物語に出てくる本当の王子様ではないんだと確信した。

 それまで私は密かに恋心を抱いていたとライブで気がつかされた。放送されていた恋愛ドラマを見る度に胸がきゅっと捕まれるような気持ち。それから会う度に安心感と信頼感が増して、この関係から一歩踏み込んだ関係になれたらどれだけいいかと思ったこともあった。それと同時に私に釣り合う人じゃない。彼は仕事として王子様で私にとっての本物の王子様じゃない。あくまでも疑似体験の空間であることも気がついた。

 まだ、既読がついていないメッセージをタップして内容を確認する。そこには『今日のライブ楽しんでいってね』と一緒に可愛らしいウサギのスタンプが添えられていた。

 誰もいない静かで狭い部屋で私のスマホから出た音だけが鳴り響く。

内容を確認して『ライブ楽しかったよ。ありがとう』とそれだけを送った。送ってすぐに既読が付き電話がかかってきた。しばらく連絡を返していなかったこともあり出るのが億劫だったが恐る恐るその通話ボタンを押して耳を傾けた。

「もしもし?やっと連絡来た。いつもこんなに返事遅いことないから心配したよ?なんかあった?」

 そう言われて「なかった」と言うと嘘になってしまうが、上手く説明もできないので「何もないよ。年末年始忙しかったから返事が遅れちゃった。」と答えた。

「そっか。それならいいんだよ。あのさ、俺のお婆ちゃん。初めて会ったときに会ったことあるよね?」

 去年の夏にあったできごとだ。あの日のことを忘れることはない。

「そのお婆ちゃんが琴葉に会いたいって。それでどうしても言いたいことがあるんだって言ってるけど、いいかな?」


その誘いを私は受け入れて、1月の最終日。指定された場所に訪れた。約半年前に来た店と同じだった。

案内された部屋には先に来ていたようで涼ちゃんと彼の祖母である森田さんがそこで待っていた。

「急に呼び出しちゃって悪いね。来てくれてありがとう。」

初めて会ったときと印象の変わらない。

「この前は。この前って言ってもかなり前だけれど、悪かったわ。そんなつもりはなかったのよ。」

必死で謝ってくる森田さん。私も誰が悪いとかそんなことは気にしていないし、そんな人はいない。

「いえ、そんなに謝らないでください。」

「前々から山口さんから聞いてはいたんだけどね。早く孫にいい人を見つけて結婚させたいって。でも、私はそんなこと全く気にしない人だから考えは人それぞれだと思って流してたけれどまさかあそこまでだったとは思ってなくて。」

それからあの後のことを話してくれた。


 遡ること去年の夏。ここで4人で会食をしたあとのこと。

「森田さん、お孫さんいらしたのね。てっきり女の子だけかと思って。」

「そうね。あまり話に出したことはなかったかしら。」

 森田さんは職業柄を考えてあまり涼ちゃんのことを話題に出すことはなかったと言う。そのため、私の祖母もその存在を知らない。しかもテレビを見る人でもないので彼がアイドルであって芸能人であることにも気がついていなかった。

「涼真くんでしたっけ?今、おいくつなの。」

「今年で30だったかしら。」

「あら、見えないわね。若いわ。」

 席を外したことをいいことに話題はこの話題ばかりで進んでいった。

「琴葉貰ってくれないかしら?お似合いだと思うわ。」

「そうかしら?」

「そうよ。琴葉の相手にピッタリ。あの子も早く結婚して幸せになってもらわないと。」

「ねえ、山口さん。そんなに強引にさせていいものかしら?結婚相手って家族で唯一選ぶ空相手であって、選べる相手なのよ?それに今どき結婚だけが全てじゃないわ。まだ、琴葉さんだって若いんだし、今できることをもう少し楽しませて選択を委ねてもいいんじゃない?」


 それからも「次はいつにする?」「この式場良さそうじゃない?」と結婚を意識させるような内容が送られてきていたという。

「その話以外は今まで通りだったの。でも、結婚とかそれに関連したワードにはかなり敏感になってて。価値観の違いよね。そんな考えを持つ人だっているわ。」

「すみません。私の祖母がそんあ無礼を。」

私は頭を下げて謝って話を続けた。

「実際に周りの同級生も結婚し始めて、それに取り残されている私を見て焦っているのだと思います。私も森田さんの考えには同感します。でも、その考えが地元では通用しないこともあって、それで祖母もそのようなことを言ってしまったのではないかと思います。涼真さんも本当にごめんなさい。」


 私は頭を下げ続けた。そのくらいはしたかった。地元は良くも悪くも考えが変わらないし、それが当たり前と思っている人も多い。でも、東京では違う。いろんな人がいて、いろんな考えがあってそれを許容できる場所。だからこそ、祖母の考えも間違いではない。でも、押しつけてしまうのが悪いところだろ私は謝った。


「琴葉ちゃん、頭上げて。俺もその話聞いて心配してたんだ。それで、たまたまこの大都会で出会えて。少しでも役立てたらいいなと思って。」

「涼真から琴葉さんと会ったって聞いて、それで何か私ほっとしちゃって。あと、あなたのお母さんからも『琴葉が東京に行ったから、見かけたらよろしくお願いします』って。その連絡より先に涼真があなたと会ってたけどね。」

 お母さんとは随分連絡を取っていなかったが、気にかけていたことを知って涙が出そうになる。

 この日、私のなかにあった疑問は晴れた。今まで涼ちゃんが私を気にかけてくれていたこと。良くしてくれていたこと。その全てが解決したような気がした。そして、そこで彼は“王子様じゃない”と強く確信した瞬間でもあった。


 そして、忍び寄る大きな事件に気がつかないでいた。

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