第47話 幕上げ

「遅かったね。混んでた?」

「まあ、混んでましたね。」


 晴海さんにはさっきあった出来事は言わずに黙ったままでいた。せっかく楽しみにしているものを壊したくないからという気持ちが勝ったから。


 就職活動のことも聞かれて、さらにブランクが空くのは良くないと言うありがた迷惑のアドバイスまでもらったこと。今日ぐらいはそのことを忘れたかったのに私にはそんなことを忘れさせてはくれないらしい。それから座席の交換。一緒に晴海さんと行動してなかったのが不幸中の幸いと言ったところ。もし、一緒にいたら人数的にも交換をふっかけられていただろうし、もっと言えば金銭面での取引だってあったかもしれない。それがなかっただけマシだ。


 私は正直、あまりいい気はしない。今まで一緒に推し活をしてきた友達が離れて、久しぶりに会ったと思えば今までからは考えられないほど変わっていた。自分とは住む世界が180度変わっている。そのことがにわかに信じがたい。長年一緒に過ごしてきたからこその衝撃だ。もうあの姿を見てしまっては今までと同じように接することはできない。スマホに残っていた美希の連絡先をそっと消した。あれだけ頻繁に取り合っていた連絡も、大学を卒業してからは夏のツアーに私が連絡をして帰ってきた返事のみ。それ以外は何もない。きっと消したところで何の問題もない。


 もうあと10分で開演となる開場もほぼ満席。あれだけ座席が空いているのがわかった開場したての頃とは大違いだ。ペンライトも付け始める人もいて、まだかまだかとその時を待っている。


 私も買っておいたペンライトを付けてみる。ペンライトの光は想像以上に明るくて目がくらむ。私の手にあるのはたった1つだけれど、ここにいる会場の人がつければ星のようにキラキラと輝く。座席で見ていてもこれだけキレイなのだから、ステージからみたらより一層光り輝いて見えるのかと思うとこの景色をいつまでも見せてあげたいし、作り上げたい。


「ペンライトめっちゃキレイだね。」

「はい。この中に自分もいると思うとそれだけで満足です。」

「琴葉ちゃん。まだ、始まってもないのにそんなこと言わないでよね。わからなくもないけど。」

 切り替えてもう楽しむことだけを考えようとした。

「もう満足ですよ。アリーナ席だし、しかもブロックの最前列。見た感じ埋もれる感じもないですし、もうこれだけで最高ですって。」

 そうだ。1年に1回来る程度のライブでこの席で見られることは最高なんだ。喜んでいいこと。


 会場ではまもなく開催されるということを知らせるアナウンスが始まる。このアナウンスがかかればいよいよなんだと思い、スマホの電源は切った。一件のメッセージが来ていたが、それは無視した。


 しばらくすればステージに設置されたモニターの映像も変化する。その頃からファンのコールが始まる。座席を立ちコールする人が連鎖して、いつのまにか会場全体が一体となっていく。この感じが私はたまらなく好きだ。もうすぐ始まるという高揚感と緊張感。ファンの一体感。ペンライトの煌びやかさ。日常では体感できないものの全てがここにあるような感じがする。


 始まったライブのオープニング映像。メンバー一人ずつのワンショットと一緒に上がる黄色い歓声。まだ、本人も出て来ていないというのに既にこの盛り上がりだ。


 そしてライブの幕が上がった。

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