第43話 ほんのり苦い
「もうすぐライブなんでしょ?」
「うん。もう今週から始まるよ。」
「やっぱ大変?」
「覚えることも多いし、毎日動いてばっかで大変だけどそれ以上に楽しみ。メンバーといるとき最高に楽しい。」
語っているときの目は少年のようにキラキラしていて、正直羨ましかった。彼には1人でドラマや映画に出ても帰る場所がある。家族じゃない。同業者の仲間がいる。それがとても羨ましかった。一方、私にはそんな人いない。いまから就職できたとしても、同じ区切りに入社した同期なんてものは存在しないし、これからできることもないかもしれない。周りの友人には同期がいる。就職活動の波に乗れなかった私にはそんな仲間はいない。
「どうしたの?今日熱でもある?」
「いや、ないよ?」
「ほんと?」
「ほんとだって。ちょっと考え事してただけ。」
「どんなこと?」
「ん?あ、その。いいなって思って。」
「何が?」
「家族以外に帰る場所があることって言うか。仲間がいることって言うか。家族じゃないところにそうやって帰られる場所があるっていいなって。」
「よく言われる。共演した俳優さんとかにね。家族じゃないけど家族みたいなもの。確かにちょっと特殊な関係かも。」
「私はそんな人いないからさ。新卒で就職もできなかったから同期もいない。友達もいたけど、大学卒業して地元帰ったら大学の友達とは疎遠になったし、地元の友達もいなくなってた。これから就職できたとしてもそんな存在はもうできないかもしれないと思うとこれからの仕事がずっと1人なのかなって。」
私がそう言い終わったあと全てを受け止めて理解して、やっと何かが繋がったように彼はこう言ってきた。
「素直になったね。実は寂しがり屋なんだね。」
その一言に少し驚いた。
「今までずっと隠してるのかと思って、だから俺も仕事の話をしなかった。せめてここにいるときぐらいはそんなこと忘れて欲しいと思ってたし、タイミングってものがあるかなって。だから、もっと素直になればいいよ。それに1人じゃないでしょ?少なくとも俺がいるから。―ね?」
「うん。」
言われた通りだ。確かに1人でなんでもできた。1人で映画に行くこともご飯を食べることもなんのためらいもない。でも、どこかで物足りなさを感じていた。そして、何故か自然に複数人で笑顔で歩いて行く人を視野に入れるのがなんとなく嫌で自然と下を向いていた。地元から出て来たのもどこかで孤独を感じていて嫌になった。それは自分が寂しがり屋だという面を知らないふりをしていたからだったと今日初めて知った。こうやって私は彼に引き込まれて行ってしまう。アイドルとしても人間性としても。
「もうなくなっちゃった。もう1本開けようかな。飲む?」
話を少し逸らすかのように空いた缶を右手で軽く振って中身が入ってないことを確認しながら言った。
「飲もうかな。」
「わかった。」
普段は全くと言っていいほど飲まない。目の前に置かれたフルーツの甘めのお酒。甘いはずなのにほんのり苦かった。
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