第41話 嘘
電車に揺られて帰路についているとさっきしまった新品のストッキングがキレイに包装されているのが見える。
本当はライブのために新しい服を買おうかと思っていた。でも、就職活動の時間を確保するために少し減らしたバイトのシフト。それに伴って減ってしまった収入と面接のためにかかった交通費に面接のために買い直すストッキングの購入費。そして、チケット代。チケット代はライブに行くためと思うと嬉しい出費ではあったがそれ以外は全く嬉しくはない。もし、自分がもう既にちゃんと就職できていればかからないお金だし、きちんと職に就けていればそこにかかったお金はきちんと収入で穴埋めされていくはずだった。だから、この見えている新品のストッキングは私のなかのそんな考えを増幅させる。
そのときふと思った。あとどのくらいこの仕事探しに時間とお金をかければいいのだろうか。もう失った時間もお金も戻ってはこない。将来のための投資と1年ほど前は思っていたけれど、今はただの無駄遣い。いっそのこと腹を括って今の生活を続けるか、嫌でも父の言ったことを呑んだ方が私の歩むべき人生なのかもしれない。
そんなことを考えているとスマホに1通のメッセージが来ていた。そこには「今日、たこ焼きしようよ。材料買っとくから」とのお誘い。気づけば前に行ったときから1ヶ月が経ちそうになっていた。ライブも間近だと言うのに会ってもその忙しさは感じられない。
「琴葉、いらっしゃい。今日はなんかあれだね。大人だね。」
結局、家には帰らずに面接に行ったその足で向かった。いつもは私服で来ていたこともあって初めてのスーツ姿に彼は新鮮な気持ちを抱いているようだ。
「今日は面接あったからね。涼ちゃんも忙しいでしょ?」
「俺は全然大丈夫だからさ。あっ匂いとか大丈夫?スーツに着いちゃわない?洗えないよね?今、替え持ってくるから。」
そう言ってキッチンをあとにし、「あれだったら洗面所とか適当に使っていいから着替えておいで」とキレイに畳まれたスウェットを片手に私の前に再登場した。それをありがたく受け取り洗面所に向かうとそこには練習着であろうスポーティーな洋服がたくさん干されていた。
大きめのスウェットに腕を通すと変わらずふわっといい香りが鼻をくすぐる。初めてここに来たときも同じ匂いに包まれていた。そのときとは違ってこの匂いを嗅ぐと真っ先に落ち着くものになっていた。
「お。戻って来た。」
「私も手伝うよ。何したらいい?」
手を洗いながら問いかけた。
「じゃあ、具材切ってもらおうかな。」
机にホットプレートを用意しながら涼ちゃんは話かける。
「わかった。」
もう既に用意されていたキャベツやたこ、それからチーズにウインナーといったさまざまな食材を切っていく。自炊は大学生時代からやっていたからもう手慣れたものだ。
「上手いね。料理とかするの?」
後ろから覗き込みながら話かける涼ちゃんに対して、手を止めずに私は答え続ける。
「まあ、大学生のときも自炊してたからね。」
「へえ。いい奥さんになりそう。モテるでしょ?」
「いや、全く。今までそんなこと一回もなかったな。」
「嘘だ。」
「嘘じゃないし。」
「そっか。―俺にする?」
そう言ったとき一瞬だけ時が止まった気がする。
「嘘。冗談だから。」
「なんだ。」
一瞬、冗談じゃなければいいのにと思ってしまったことは嘘じゃない。
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