第39話 減っていくものと増えていくもの

 結局生活に変わりはなくて就職活動は難航。ただ、履歴書の空白だけが日に日に増えていくばかりでもどかしさを感じる日々が続いた。


「涼ちゃん、最近よく食べるね。」

 横でご飯を頬張っている。月に何回かはこうやって会うことは変わりなく続いていた。

「連日歌って、踊ってるとお腹空く。こんだけ食べてても足りないぐらいだもん。」

 元からかなり食べる方だとは思うけれど、いつもの倍以上は食べている。もうすぐライブを控えていることはオタクとして知っていること。だからきっとそのリハーサルや打ち合わせが毎日のように続いているのだろう。それに加えて今期は主演の連ドラが放送されており、その撮影も並行して行われているに違いない。それでも、その細い体のどこに吸収されていくのか教えて欲しいぐらいだ。


「そう言う琴葉は痩せた?」

「そうかな?そこまでじゃない?」

 確かにライブが近づいて少しでもと思って筋トレやらエクササイズをしたことはあったが1日やるのをやめてしまってからそれっきり。続いたのは1週間ほどで効果が出るほどまでは続かなかった。

「なんか顔周りすっきりした気がしたけど。」

「そうかな?あんまり自覚はないかも。」

 口ではそう言ってみるが自覚はあった。劇的に変わったわけではないが、太ももの隙間は前よりも空いていたし、ここまで履き続けたスーツのスカートもウエストが緩くなっていた。

 父のとの会話から意地になった私は就職活動も連日行って、履歴書を書いては応募。数少ない面接に辿り着いたとしても採用にまでは至らず毎日バイト。毎日、動き続け、走り続けていた。

「何か嫌なことでもあった?」

「まあ、ないって言ったら嘘かも。でも、大丈夫。」

「その大丈夫ってなに?大丈夫じゃないときに言う大丈夫に聞こえる。」

 ここから出れば別で外では推しとオタクであることに変わりはない。でもここでは違う関係ができていた。


「ライブ今度来るの?」

 唐突な質問で一瞬心臓が跳ね上がったのがわかった。今までそんな話をしたことはなかった。だからこその緊張があって、アイドルとオタクという関係に戻った。

「行くよ。当たったし。」

 いつもとは違う声のトーンになったことは自分でもよくわかったけれど、そのことは完全にスルーされた。

「よかった。俺の本領発揮だな。」

「え?」

「俺はアイドル。誰かを笑顔にするのが俺の本職。」

 どうしてこのときそう言ったのか。それを知るのはもう少し後になってからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る