第36話 人生の配役

「シンデレラが幸せになった理由って諸説あるけれど、私は勇気があって優しかったからだと思う。」


 私は涼ちゃんの方を見向きもせず、ただ真っ直ぐと前を見ながらそう言った。


「もし私がシンデレラならまず舞踏会に行かない。あれだけ止められたらなおさら。だって、行ったことがバレたらもっと酷いことをされるかもって思うから。でも、シンデレラは違ってちゃんと舞踏会に行った。それは魔法の力を借りたこともそうだけど、それ以上にシンデレラが今を変えたいと思って1つの勇気を出したからなんじゃないかって。」


 一口目の前に用意されたお茶を飲み、話を続けた。涼ちゃんの顔は見ていないけれど、私の方に向ける視線だけは真っ直ぐに感じた。


「今まで頑張ってきたから魔法の力を貸してくれる魔法使いが現れた。ちゃんとシンデレラの日頃の行いを見てきてシンデレラの優しさを知っていたから手を差しのばしてくれた。シンデレラ本人も勇気があったから舞踏会に行った。そして、王子様と出会って人生は180°変わった。だから、いつか自分もそうなると思って、ちゃんと毎日頑張っていればいいことがあって、いい出会いがある。それは人なのか物なのかわからないけど、私の人生にとって最大のものに出会えると思って。だから、シンデレラになりたい。でも、誰かの人生にとってはちゃんと手を差し伸べられる魔法使いになりたいし、誰かの人生にいい影響を与えられる王子様みたいな役として登場したい。絶対にあのお義母さんとかお姉さんみたいな役として登場はして欲しくないなって。」

「いじめてる側になりたくないってこと?」

「半分間違ってるかな。いじめてる側になりたくないってより、悪役でもないけど悪役みたいな人になりたくない。あのお義母さんとかお姉さんってはっきり悪役ではないと思う。確かに、シンデレラに嫌なことは全部押しつけているけれど手放しはしないし、シンデレラの両親が持っていたものが欲しいだけならそれだけを手にしてシンデレラを追い出すって言う手もあったはず。それに本当に悪役ならもっと酷いことをすると思う。」

「確かに言われて見れば追い出してもいいかもしれない。」

「でしょ?でも追い出さないのはシンデレラがいい人でその優しさにつけ込んで利用したいだけなの。あの人達はそうやって人をいいように使って自分の地位を守りたいだけ。でも、そんな人なんてすぐに崩れる。物語でもシンデレラが結婚して、あの人達は絶望したはず。今までやらせていたことをやってくれる人はいない。だから、自分でやらなきゃいけない。でもどうやっていいかわからない。それは今まで人を使ってしかその地位を築いたことがないから。誰かを見下して、見栄を張るやり方しかしらないから自分の力では頑張れないのよ。その分、シンデレラは自分の力で自分の勇気でその地位を手に入れたのだからそう簡単に崩れたりはしない。崩れてもまた自分の力で這い上がれる。だって、今までそうやって頑張ってきたんだから。でも。」


 私は言葉を詰まらせた。今までいろいろ頑張ってきた。部活も休みなく、毎日必死。特にやりたい楽器ではなかったけれど、それでも6年も続けて成績としては兆優秀。大学受験だって周りが部活を引退してみんなが短大や専門に推薦入試で一足早く合格して進路を決めて浮かれていたり、大学には進学しないからと勉強なんてどうでもいいと思っている人も多いなか、部活もしてその片手間で大学に合格。数少ない4年制大学に進学した1人。でも、合格して最初に言われた一言は「受かると思ってなかった」と。部活ばかりしている吹奏楽部はあまりよく思われていなかったこともあったせいで頑張りを否定されたような気がした。自分が手にしたことなのに自信がなくなった。

 大学に進学すれば華のキャンパスライフ。初めて広い世界を知ってしまって、地元が良くも悪くも変わっていないことに窮屈さを知った。そして、地元には戻らないと就職活動に力を入れれば惨敗。あっちもこっちも落ちて、詰められて、止められて、自分を責めた。「決まらないなら帰ってこい」という父の言葉で渋々地元に引っ込んでバイト漬けの日々。バイトでも毎日のようにキツく当たられて、祖母には結婚、父も結婚するからと軽く受け止められる。現実は就職活動が上手くいかない。なんで卒業して就職しなかったのか、なんでできなかったのかと言われる日々。地元にいた友達も地元をどんどん離れて、地元にいても結婚していて、大学の友達は社会人としてスタートしているなか完全に取り残された。友達も仕事もない。今まで恋愛経験もない私は地元にいればいろんな意味で売れ残り。

 頑張って貯めたバイト代も上京資金でほとんど消えて、今も就活とバイト漬けの毎日。そして、祖母にも家が知られて、いつ連れ戻されるかわからない。戻れば私はもう無理だと思う。

 地元に戻ればどんなに辛いときでも力を貰っていた推し活は当然バカにされるし、簡単にできるものではなくなる。その唯一の楽しみを失うことを恐れている。

 今までどんな困難も推しの力でなんとか乗り越えてきた。でも、頑張っても頑張ってもその頑張りが報われたような気はしない。

 私にシンデレラのようなハッピーエンドは訪れないんだ。


 今までの日常を振り返ると自然に視界はぼやけていった。無自覚に私の目は涙ぐんでいて、何もしなくても私の目から勝手に落ちていく。溢れ出たものを洗い流すかのように。


 勝手に流れ出た涙で顔がぐちゃぐちゃになった頃、頭に重さを感じた。自分よりも大きい手の温もりがずっしりと頭に乗る。


「じゃあ、もうすぐシンデレラになれる。」


 そう言った涼ちゃんの顔は眩しくてダイヤモンドのように輝いて見えた。


「今まで頑張って自分の力でここまで来て、ちゃんとこの東京って街で自立してる。ちゃんとシンデレラと同じ道を歩いてるじゃん。それになんでシンデレラが舞踏会に行ったのか。それは信じていたから。舞踏会に行けば何かが変わるって変えられるって信じていたから。その結果、王子様と出会えた。琴葉だって信じてたんでしょ?ここに来れば変えられるって。だから、なれるよ。シンデレラに。」

 初めて小さい頃に抱いた夢を認めらたような気がして嬉しくて仕方がなくて、まんまと魔法にかかってしまった。


 頭に乗っかった重さから伝わった温もりで、今まで私の氷のように閉ざされた心をそっと溶かしてくれら。

 今までどんなに辛いことも頑張りたいときもアイドルからオタクとして助けられていたのに、友達同士になっても助けられてしまった。いつまでも私はこの人に助けられてしまうのだ。


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