第35話 笑われた夢の始まり
外はすっかり暗くなり、夏に比べれば日が落ちるのも早くなってきた。
昼過ぎに来た“今日の夜、時間ある?仕事早く終わるからゲームの続きをしよう”という連絡を元にバイト終わりに動いた。運良く明日は休みで多少夜が遅くなっても何の問題もなかったので二つ返事をした。
一度家に帰宅し、着替えて訪れた場所はこれで何回目だろうか。
「いらっしゃい。」
笑顔で迎えてくれる姿はテレビや雑誌で見るのとなんの変わりもないアイドルスマイル。
結局あの雨の日から不定期に訪れるようになり、連絡もかなりのろのろと取り合うほどの仲になっていた。
「この前のゲームの続きしようよ。」
「やりたい!やりましょう。」
特になんてことは無い。会ってゲームして、ご飯を食べて、適当に映画とかアニメとか見て、特に内容のない会話をする。別にどこかに行くことはない。呼び方も琴葉と涼ちゃんと呼び合うほどになっていた。でも、それ以上は何もない。ただ何もない時間をだらだらと過ごす。
それでも私は密かにその時間を楽しみにしていた。その時間だけは現実を忘れられるような気がしていた。それは推しに会っているからではなく、誰かと楽しい時間が共有しているからだ。今までアイドルとファン、舞台に立つ側とそれを楽しむ側という差があったけれど今となっては年のは8個、身長は15センチというそれだけの差しか存在しなかった。
それでも彼はプロだった。仕事の話は一切切り出さない。経った数週間だったけれどその間にももちろんいろんな仕事があったはずだし、新曲もドラマも決まったことが発表された。でも、それらの全部を私は公式の発表で知った。
涼ちゃんはコップにお茶を注ぎながら私に話しかけてきた。
「そう言えば前にシンデレラの話してたよね?」
「シンデレラ?」
「あの観覧車乗ったとき。」
思い返すと確かにシンデレラの話を切り出したようなしていないような気もして曖昧な記憶がぼんやりと頭を埋め尽くす。
「したっけ?」
「うん。むしろその印象しかない。シンデレラになれますか?って。確かその前は頑張ったらいいことがあるかシンデレラみたいにって。それってどういう意味だったのかなって。ずっと気になってて。」
その話を聞いて曖昧だった記憶がどんどんはっきりしてきて、シンデレラの話を思い出す。
「そう言えばそんな話したかもしれない。」
「教えてくれない?なんでシンデレラになりたいのか。シンデレラみたいにって思った理由って言うか。」
私は小さい頃からシンデレラに強い憧れを持っていたことは事実。毎日のように絵本を開いては釘付けになっていた日々がよみがえる。
「小さいときの夢がシンデレラになりたいでした。」
「素敵な夢だね。」
「でも、その夢は笑われました。」
「そんな笑う要素どこにもないけど。」
「卒園式で1人ずつ大きくなったら何になりたいか言うのがあって、そのときに私はこう言ったらクスクス笑われました。笑ったのは見に来ていた保護者でその笑いはどんな意味か知らないけど。まあ、今思うと周りはお花屋さんとかケーキ屋さんとか現実的な夢だったからかな。」
「全然、俺はおかしいとは思わないよ?素敵な夢だと思う。大人が子どもの夢を笑うなんて失礼極まりないね。」
「ですよね。でも、そんな場所なんです。人が少ない分、少数派も少なくなる。それは個性ではない、変な子で片付けられる世界です。だって、みんなと違う、人が少ないってことはその少数派に出会うことがあそこではないんです。良くも悪くも止まったままの場所。外に出るとそれがよくわかります。昔から何も変わらないし、変わろうともしないし、変えたいとも思わないところなんだなと。変化を好まないというか。だから、高校卒業してとっとと地元を離れたし、今だって居心地が悪くて出て来ちゃった。ごめんなさい、話逸れちゃいましたね。」
「それで、なんでシンデレラだったの?プリンセスとかお姫様とかじゃなくて。」
「それは、わからないです。別にドレスを着たかったわけでも、素敵な王子様に出会いたいわけでもなくて、ただシンデレラに強い憧れを持ってて。それで考えたんですよ。なんでシンデレラなのかって。」
そこで私は話し始めた。私がシンデレラになりたい理由、小さい頃に抱いた夢の全てを。
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