第34話 笑顔の向こうに潜む心の葛藤

「そんなにそわそわしてどうしたの?らしくないね。」

 いつも通りのパンのいい香りに包まれてバイトをしていると晴海さんに声をかけられて思わず反応してしまう。

「今日なんですよ。発表が。」

「発表?あ!あのライブの!いつ?」

「それがわからなくて。私の予想だと1時ぐらいですかね。」

 店内の時計はまだ午前11時。正午にもなっていなくて、時間が経つのが遅いと感じてしまう。

「まだ2時間ぐらいあるね。でも、ここからお店忙しくなるし、そうなれば時1なんてあっという間だよ。」

「ですよね。よし、バリバリ働くぞ!」

「いつも以上に気合い入ってるね。うわ、当たってるといいな。こんな感じなのかライブの当選発表って。」

「当たったら絶対一緒に行きましょうね。」

「もちろん!その日は予定空けてあるよ。」


 これから賑わってくる店内の時間はあまりにもゆっくりだったが、1人客が入れば次々とランチタイムの人が流れ込んでくる。そうすればすぐに時間は経つし、店内に山ほど並んでいたパンは着々と数を減らしていた。

「やっと落ち着いたね。」

 1時間ほどすれば店内は人がガラッと減り、静けさを取り戻していた。


「そう言えばこの前言ってた面接どうだったの?」

「それがダメでした。って言っても結果を間違えて送ったみたいで。そもそも面接すら通ってませんでした。」

 少しだけ空気が沈んだのがわかった。晴海さんの顔も曇る。

「ごめん。嫌なこと聞いちゃったね。」

「いえ、もうこれだけやってれば慣れますよ。開き直りも早い気がする。でも、面接はして欲しかったですね。決まり切った結果であっても。」

「そりゃ、そうだよね。そこまで期待させておいて失礼。そんなとこ受かっても行かなくて正解だよ。」

「ですよね。」


 自分の口角を少し上げて明るく振る舞った。本当は慣れてなんかいない。数を重ねれば重ねるほど自信はなくなっていくし、ブランクは長くなる。こうしている間にも少しずつ自分のキャリアの傷を開いている用で心苦しい。


「そんなしらけた顔しないで。ライブ当たるって。絶対当たる。これは私の勘がそう騒いでるから。」

 晴海さんはいつものような笑顔でそうやって寄り添ってきた。特に深く聞いてくることもなかったけれど、何かを汲み取ったように接してくれるし、何も聞いてこないその優しさが私には痛いくらいで今にも泣いてしまいそうだ。


「晴海さん。」

「なに?」

「いえ、何でも無いです。」

 必死に目に貯めかかった涙を引っ込ませた。


「あっ。もう1時だよ。早く確かめて。」

 慌てて時計を見ると一時を過ぎていて、急いで人には見えないような隅っこでスマホを開く。


「あ。」

「なになに?」

「当たってます。当たりました!」

 スマホの画面には第一希望の公演が見事に当選していて思わず声も大きくなる。

「ちょっと声大きいって。」

 そう言われて思わず口を両手で覆う。

「ほら、いいことあったじゃん。楽しみだね。その日ははっちゃけようよ!嫌なこと忘れてさ。」

 横で晴海さんは早くもライブの日を楽しみにしていて、私も頭のなかは推しに会えることで嬉しさが溢れていた。そう喜んでいると一件のメッセージが来た。その名前を見ると“涼真”と書かれており、久しぶりに連絡が来たことを嬉しく思う反面、今ファンとしてライブが当たって今度会いに行く人だと思うとなんとも言えない気持ちになった。そうなるとメッセージを確認する気にはなれなくて、スマホを片手に固まってしまう。


「そんなスマホ片手に固まってどうしたの?」

 話しかけられたことですぐに我に帰ることができた。

「なんでもないです。ライブのためにも働きますよ!」

 空元気で仕事に戻る私を晴海さんは不思議そうに見ていたが、「そうだね。さあ、もう少し頑張ろう。」と深掘りしてくることはなくすぐに仕事に取りかかった。


 外は昼過ぎの日差しがサンサンと降り注いでいた。

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